【X-Tech】教育×テクノロジー「エドテック(EdTech)」から学ぶ

- IT機器を活用した教育「EdTech」が注目を集めている。
- 海外に比べ遅れをとっている日本でも、政府の方針を受けて徐々にEdTechが広まっている。
- EdTechの成果と課題に学ぶことで、不動産テックの成長にも役立てることができる。
教育現場にも広がりはじめるEdTech
スマートスピーカーやスマートホームなど最新テクノロジーの発展により、暮らしのスマート化が進む昨今、私たち自身、これらのテクノロジーを理解し、活用する能力が求められています。
文部科学省は、こうした情報活用能力を子どもの頃から育むため「学校におけるICT(Information and Communication Technology(情報通信技術))環境の整備について教育のICT化に向けた環境整備5か年計画(2018(平成30)~2022年度)」を策定。電子黒板やコンピューター、無線LANの設置といったICT教育に向けた環境の整備や、小学校でのプログラミング教育の必修化などに取り組んでいます。
このような「教育のスマート化」への取り組みは、一人ひとりに合わせて最適化された超スマート社会「Society5.0」の実現を目指す政府としても、教師たちの業務の効率化を進め、働き方改革を推進する重要な取り組みとして位置付けています。
これまでSUMAVEではHRTechやRetaileTechなど、さまざまな課題をテクノロジーで解決する「X-Tech(クロステック)」に注目してきました。今回はテクノロジー(Technology)を活用し、教育(Education)の業務効率化を図る「EdTech(エドテック)」について考察し、不動産業界のデジタル化に向けた糸口について考えていきましょう。
なぜ日本はデジタル後進国なのか
テクノロジーの発展とともに、世界ではテクノロジーを活用して学習の生産性をあげ、情報活用能力を有した人材を教育する「EdTech」という分野が広がりはじめています。
しかし、そもそもそうした人材を生み出すための体制が整っている国とそうではない国があるのが実状。経済協力開発機構(OECD)が2019年5月に公表した「OECDスキル・アウトルック2019年版(Skills Outlook 2019)」によるとベルギーやデンマーク、フィンランドなどではデジタル化に向けた学習制度の整備が進んでいる一方で、日本や韓国は進んでいないという結果となっています。
平均的な教育水準が高く、それらを向上させる潜在的な土壌はあるにも関わらず、日本がこのような結果となった理由の一つとして、教育事業への予算規模の違いが挙げられます。
経済産業省「第1回 『未来の教室』とEdTech研究会」によると、GDP対比4%を教育予算として目標設定をし、そのうち8%の約4兆円分をICT関連に予算を割いている中国や、基金や財団が教育事業へ寄付をする文化があり、オバマ政権以降EdTechの普及を積極的に推進しているアメリカ。さらに、もともと教育事業への予算が潤沢なイギリスと比べて、日本は予算が少なく、そもそもWi-Fi等の教育現場のICT化に向けた整備が遅れている現状があります。
日本では、学習指導要領の改訂が10年周期であるために、プログラミング教育など新しい科目(または取り組み)への迅速な対応ができないことも課題となっています。イギリスでは2014年度から、アメリカでは2015年度から、中国では(省によって多少違いはあるものの)同じく2015年度頃からプログラミング教育を重点化しているにも関わらず、日本では2020年度での実現を目指している段階です。
また、校長や教師などICT教育に取り組む人材のスキル面においても、ジョブディスクリプション(※)が重要視されるアメリカや、学校の評価を行なう政府から独立した外部機関「Ofsted(オフステッド)」があるイギリスでは、第三者の目によるスキルの評価が公平に待遇面に反映されるよう仕組み作りされているため、スキルアップを目指しやすい環境にあります。
しかし日本の教育現場では、状況の変化が早い現在においても前例重視の傾向が強かったり、能力やスキル、年功序列により待遇が定まったりするなど、スキルアップしたとしてもインセンティブになるような仕組みが整っていません。それどころか、庶務が内製化されていることで教師の業務負荷が増加しており、そもそもスキルアップに費やすための時間がない場合もあります。さらに保護者やPTAからの過度な期待に対し、“生徒のためであれば際限なく”というマインドセットが慣習化していることもその現状が改善されない要因といえます。
※ジョブディスクリプション/職務記述書。担当の業務内容やその難易度、業務範囲、業務において必要なスキルなどがまとめられた書類のこと。
日本の「EdTech」の現在時刻
このような教育業界の現状に対し、政府は生徒個々人に合わせた学びの実現と教師の業務効率の向上を目指して「EdTech」への取り組みを推進しています。
従来の学校教育では、画一的・一斉型の教育が行われ、知識の暗記と反復が重要視されてきました。しかし社会の変化が激しくテクノロジーが発展している今、これらの知識を活用する「情報活用能力」を育む教育へとシフトしています。
2020年度以降に改定される新しい学習指導要領では「知識及び技能」のほか、その知識をもとに対応できる「思考力・判断力・表現力」、さらに学んだことを社会に活かそうとする「学びに向かう力、人間性」など3つの資質・能力を総合的にバランスよく育んでいくことを目指しています。そして、これらの資質や能力を育むために「主体的・対話的で深い学び(アクティブラーニング)」の視点から「何を学ぶか」だけではなく、「どのように学ぶか」を重視した授業へと改善することを示しています。
この「どのように学ぶか」を重視する教育では、効率的に学習できる環境の整備と、生徒の習熟度に合わせた学習方法、そしてそれらを活用し授業を行う教師といった人材の育成が必要です。
政府が進めるICT環境の整備
政府は2022年までに単年度1,805億円の地方財政措置を講じ、ICT環境の整備に取り組むとしています。具体的な内容としては、1日1コマ分程度、生徒1人に対して1台PCを使用できる環境、授業を担当する教師一人1台PCを使用できる環境、超高速インターネット及び無線LANを100%の整備、電子黒板の導入などです。
こうした状況を受け、富士通は学びの場で安心して使えるタブレットを開発しました。生徒が手にしやすく、机に置きやすいコンパクトさ、落下しても衝撃が伝わりにくいデザイン、さらには校外学習で活用できるよう防塵・防滴機能を施し、鉛筆のように書けるペンなど、生徒たちが扱いやすいよう工夫されています。
富士通サイト「ARROWS Tab Q506/ME」【URL】http://www.fmworld.net/biz/tablet/q506me/
また政府は、生徒向けのICTの整備だけではなく、教師向けのICTの整備も進めています。学校や学級運営に必要な情報や、生徒の状況、学習記録データなどを一元管理・共有できるシステムを構築し、学びを可視化することで業務の効率化をはかり、その分学習指導の質の向上に注力できるよう取り組んでいます。
このように教育のデジタル化に向けては、生徒と教師どちらか一方だけが取り組むのではなく、それぞれが扱いやすい機器やシステムの導入など、ICT環境の整備を進めることが重要になります。
生徒の学習理解度に合わせた個別最適化学習
ICT教育の第二段階としてデジタル教材の活用が挙げられます。従来の一斉型授業では、生徒の習熟度に合わせて授業を行うことが困難でした。習熟度が高い生徒にとって、習熟度が低い生徒に合わせた授業は、より深く学ぶ機会を逃していると考えられます。一方で、習熟度が低い生徒にとっては、理解が進まないままに授業が進むとその先の授業からの離脱が進む原因にもなります。また、教師が補習などを行う場合は、教師一人分の人的リソースが割かれることになります。
習熟度が高い生徒はさらに理解を深めることができ、習熟度が低い生徒は学びを補うことができます。また、教師は習熟度の異なる生徒を個々にフォローすることや、授業の準備のための時間をより確保することができるといった具合に、三方向の不満をwin-win-winな関係性によって解消することを目的として、デジタル教材を活用した自宅学習が進んでいます。
国立教育政策研究所が提供するデジタル教材サイト「理科ねっとわーく」
小中高等学校向けの理科のデジタル教材を集めたサイトです。映像やアニメーションによって視覚的に化学変化について学ぶことができたり、身近な材料を用いてできる科学的な実験を紹介したりと実用的な教材も揃っています。生徒が自宅学習で理解を深める・補うために用いるだけではなく、教師も授業で活用できるため、授業の事前準備の負担軽減などにもつながっています。
理科ねっとわ〜くサイト【URL】https://rika-net.com/index.php
レゴエデュケーションが提供するプログラミング学習教材「レゴ®WeDo 2.0」
主に小学生を対象としており、工具を使わずに指やマウスでプログラム画面を操作し、レゴブロックやモーターを組み立てるなど、簡単にプログラミングを体験することができます。
実際に三鷹市立北野小学校では、「レゴ®WeDo 2.0」とモーションセンサーを用いて、人の有無によって自動的にLEDの点灯・消灯を制御するプログラミング体験を行い、電気のプログラミング制御や電気の有効活用への理解を深めています。また、それらの体験を通して電気を利用した道具の使い方を学ぶなど、知識と体験による学習を促進しています。
「フィンテックに広がるオープンAPI。不動産テックは何を学べるのか?」で取り上げたように、UR都市機構が公開した2030年の住まい方を想定したコンセプトブック「UR2030」では、新たな居住者像として、IoT化を実現した住宅で、普通の若者がプログラミングし、自分向けに住環境を高度にチューニングしていくことが予想されています。「レゴ®WeDo 2.0」のようなプログラミング教育が進めば、自らスマートホームをライフスタイルに合わせてプログラムする人材も遠くない未来に続々と登場するのです。
リクルートが提供するオンライン学習サービス「スタディサプリ」
スマートフォンやタブレットを用いて、志望校や習熟度などに合わせて小中高等学校や英語学習者向けの授業の動画や映像を視聴できるサービスです。
リクルート「スタディサプリ」サイト【URL】https://studysapuri.jp/
Z会が提供するアダプティラーニング「Z会Asteria」
ビッグデータやAIなどを活用することで、個々人の習熟度や理解度などを解析し、現状の課題や未来に必要な能力などに合わせた学習機会を提供するアダプティブラーニングの代表的なサービスです。中・高校生〜社会人まで、無学年制のカリキュラムを採用することで、学年を問わない学びを提供しています。
また、オンライン完結の講座ながらも、受講者同士でのディスカッションの場を設けているため、自らの考えをより深めることもでき、主体的に、かつ幅広い側面から物事を考える力を付けることができます。
Z会「Z会Asteria」サイト【URL】https://www.zkai.co.jp/z-asteria/
デジタル保育「つるみね保育園」
“9割のアナログ保育と1割のデジタル保育”と呼ばれるスタイルで注目を集める同保育園。自然豊かな環境下でのびのび行う保育のほか、海外とテレビ電話をつなぎ、国際交流を図ったり、教室内の壁に写真やプレゼンテーションなどを投影したりしながら学びを深めています。子どもたちに新しい視点や発見を届けるだけではなく、授業の事前準備を行う先生たちの負担の軽減も実現しています。
「つるみね保育園」サイト【URL】http://tsurumine-hoikuen.com/
ICT教育実現に向けた大人のリカレント教育
こうした学習塾や企業など民間によるEdTechが進む今、政府は民間教育産業が受験や学校教育の補完機能を超え、EdTechなど教育イノベーションをリードし、能力開発産業となることを期待しています。さらにはその中で培われる優良な学習コンテンツがEdTechを介して学校教育で活用されるよう期待しているのです。
しかしその一方で、学校や教育委員会の現場ではEdTechそのものやその学習成果についての理解が進んでいなかったり、「学校と学習塾は違う」といった固定概念があったりと、宝の持ち腐れのような状態にあります。
そのためこうした課題の解消に向けて、政府によって学校教育と民間教育の相互理解のための「リカレント教育」が進められています。
学習塾で用いられているEdTechを学校に導入するシミュレーションや、学習塾と学校の教師がEdTechについて議論するワークショップを行う実証実験など、積極的な対話を行う機会創出に向けた取り組みも行われているのです。このワークショップの結果、現在行われている学校の一斉学習へ、EdTech教材を用いた自主学習主体の授業空間を作り出した場合、学習時間の圧縮率が4教科平均で6割を超えるなど、一定の効果が見られることを相互に理解することができました。
また、タクトピア株式会社が実施した教師向けの「学校改革支援プログラム」では、“自分たちの学校を自ら改革する志を持った先生たち”が集まり、一人ひとりのアイディアからプロトタイピング、ブラッシュアップを行う過程で、海外研究の最新の価値観やアントレプレナーシップ(新商品開発や事業創造などに高い創作意欲を持ち、リスクを恐れず積極的に挑戦していく姿勢や能力などを指す企業家精神)の手法をインプットし、各学校における学習環境の改革案を実行しました。その際、オンラインでのコミュニケーションツールを活用することで、従来であれば校内で孤独しがちだった改革者を放置しない支援環境を構築することができました。
公的側面が強い業界での技術革新のあり方
このように前例を重視しがちな教育業界においても、次世代の育成や教師自身の業務効率化のためにEdTechを取り入れようとしています。学校全体でEdTechをどのように導入するか、目的をきちんと考え、それに応じたツールを活用することが大切です。
今後の未来を担う人材育成のために拡大するEdTech。民間での取り組みが進む一方、公的機関を含む教育業界全体としては、これからの可能性に期待されるところです。不動産業界においても、公的な要素が強い側面もあり、教育業界同様、業界の構造や慣習が不動産テックの広がりを妨げる場面もあるかもしれません。EdTechの成果や課題を参考にすることで、不動産テックの成長のヒントも見出すことができるでしょう。
前例や慣習の良い面は残しつつ、必要に応じてテクノロジーを活用し、不動産業界全体として時代に対応していくために、他業界の動向についても意識していくことが求められています。