スマートシティに欠かせない、移動の新たな概念「MaaS」を学ぶ

- 街の交通の全体最適化を目指す「MaaS」への取り組みが盛んに行われている。
- MaaSへの取り組みは、複数の企業や国、自治体が連携して実証実験を行なっている。
- アメリカでは街のサービスと連携したMaaSへの取り組みも行われている。
- MaaSへの取り組みはスマートシティ、SDGsの実現に大きく貢献するだろう。
はじめに
「“究極の不動産テック”「スマートシティ」って何?」で取り上げたスマートシティや、「市民が主導で行政サービスの課題を解決していく。日本でも広がりを見せるCivic Techを解説」で取り上げたCivic Techなど、SUMAVEがこれまで取り上げてきた話題とも関連が深い交通インフラ最適化の概念「MaaS」。今回はMaaSの取り組みを通して、スマートシティが目指すまちづくりについて考えていきます。
街の移動の全体最適化を目指すMaaSとは?
MaaS(Mobility as a Service)とは、ICT(情報通信技術)を活用し、運営組織の枠組みを超えてひと続きにつなぎ、交通インフラを最適化する概念のことです。身近な例をあげるとSuicaやPASMOなどの交通系ICカードの相互利用などもその一つです。鉄道やバス、タクシーなどの交通機関が、各社の枠を超えて一つの決済手段を共有できることで、利用者の利便性が高まります。
決済手段以外にもMaaSの取り組みでは様々な要素が考えられますが、スウェーデンのチャルマース大学によると、MaaSは4つの段階で考えられるといいます。
統合のプロセス【出典】チャルマース大学「A topological approach to Mobility as a Service」より:【URL】http://www.tut.fi/verne/aineisto/S6_Sochor.pdf
これによると
レベル1 情報の統合(複数モードの交通提案、価格情報)
レベル2 予約、決済の統合(1トリップの検索、予約、支払)
レベル3 サービス提供の統合(公共交通に加えてレンタカー等も統合)
レベル4 政策の統合(データ分析による政策)
※訳は国土交通政策研究所長 露木 伸宏「MaaS (モビリティ・アズ・ア・サービス) について」より
レベル1は、例えば運営組織の枠組みを超えて全ての交通の経路や料金の情報が一括して確認できる経路案内などのサービスが考えられます。レベル2は先に述べたSuicaなどの決済サービスの統合、レベル3は例えば目的地までの交通手段を、レンタカーなどの公共交通以外の手段も併せて一括して手配、決済、利用ができるようなサービスが考えられるでしょう。そしてそれらが進み、交通インフラの利用データの分析に基づく俯瞰的で効率的な交通政策が実現するのがレベル4となります。
これらが進むことにより、利用者の利便性の向上だけでなく、渋滞の緩和、高齢者ドライバーの問題など、交通に起因する様々な問題の解決につながる可能性があります。交通が最適化され、交通量が必要なもののみになることで、CO2排出量削減の問題などにも良い影響を与えることができるかもしれません。
また、人の移動だけでなく、物流の世界にも同様の動きが出てきています。物流情報プラットフォーム「MOVO(ムーボ)」を提供する株式会社Hacobuは、物流拠点の開発・運営を手掛ける三井不動産株式会社との提携を発表しました。これにより、ビッグデータを活用し、物流の最適化を進める取り組みは、物流のMaaSといえるでしょう。
企業間の連携により広がるMaaSの実証実験
MaaSへの取り組みはその性質上、企業間でのアライアンスやオープンイノベーションによる取り組みが多くみられます。そして、街という枠組みと関連する大規模な取り組みについて、実証実験が盛んに行われています。いくつかその事例を紹介しましょう。
MaaSアプリ「Whim」を提供するMaaS Global社と三井不動産
フィンランドの「Whim」というモバイルアプリは、出発地と目的地を入力すると電車やバス、タクシーからカーシェアに至るまで、種類や運営母体に関わらずさまざまな交通手段を提案してくれるとともに、スマートフォン上で予約から決済までがすぐにできるようになっています。
フィンランドでは、Whimのサービス開始前の公共交通利用状況が全体の48%、自家用車の利用者が40%だったのに対し、サービス開始後は公共交通利用が74%、自家用車利用が20%に減少するなどといった一定の効果が出ています。
このように手軽に最適な交通手段を手配できるようになれば、公共交通機関の利用が増え、交通渋滞は緩和され、交通事故は減少し、よりよい街づくりにもつながるといえるのではないのでしょうか。
Whim【URL】https://whimapp.com/
これらの結果を受け、三井不動産はWhimを展開するMaaS Global社と街づくりのためのMaaS実用化に向けた協業を開始しました。Whimが展開してきたMaaS事業への知見と、三井不動産の街づくりへの知見を活かし、交通手段の効率・最適化だけに限らず、街で暮らす人々の生活を快適にする街づくり視点でのMaaSの実用化に取り組んでいます。
JR東日本×日立製作所によるアプリ「Ringo Pass」
JR東日本と日立製作所が開発したスマートフォンアプリ「Ringo Pass」は、近くにあるドコモのシェアバイクの残り台数を確認したり、国際自動車のタクシーを予約することもできます。他にも、アプリに登録したSuicaで利用料を支払うことができるといった身近な買い物客や旅行者の利便性向上に向けた実証実験を開始しました。
Ringo Pass【URL】https://www.team-lab.com/ringo-pass
西日本鉄道×トヨタ自動車「my route」
トヨタ自動車が開発・運営するスマートフォン向けマルチモーダルモビリティサービス「my route」は、福岡市とその周辺地域の公共交通、自動車、自転車に至るまで様々な交通手段を組み合わせた移動ルートの選択肢を掲示するだけでなく、予約・支払いまでシームレスに行うことができるサービスで、福岡市で実証実験が行なわれています。「my route」では福岡市内の円滑な移動のサポートの貢献のため、駐車場予約アプリの「akippa」やシェアサイクルサービス「メルチャリ」、タクシー配車アプリ「JapanTaxi」とも連携しており、移動ルート検索後、それぞれのアプリを起動し、予約・決済などまで行うことができます。さらにイベントや店舗・スポット情報を提供し、そこまでの交通手段をアプリ上で完結させることで街の賑わい創出にも貢献しています。
my route【URL】https://www.myroute.fun/
7社による世界初の自動運転タクシーを連携した実証実験
三菱地所や東京空港交通、日本交通など7社は、羽田空港や成田空港と東京シティエアターミナルを結ぶ空港リムジンバスと、東京シティエアターミナルと丸の内パークビルディングを結ぶ自動運転タクシーを連携し、スマートフォン上で空港から都心部までの交通手段の一括予約を行えるサービスの実証実験を開始しました。空港リムジンバスと自動運転タクシーが連携するMaaSサービスは世界初の取り組みであり、期待されています。
さらに、プロジェクトに参加する7社の中には旅行会社JTBも参画しており、MaaSという交通手段の最適化だけではなく、観光サービスなどソフト面を含む展開が予想されます。
空港リムジンバスと連携した都心部での自動運転タクシーサービス【URL】https://www.limousinebus.co.jp/news/news20190722.pdf
このようなMaaSに向けた取り組みを単なる交通の最適化だけではなく、移動の発着点となる不動産とも連携することで人の流動化を図ることができ、交通業界と不動産業界双方の利用促進を図ることができます。今後、既存の交通手段と不動産を点と線でつなぐだけではなく、多様化した交通手段をMaaSによって利用者が利用しやすいように再構築していくことで、立地に頼らない不動産ビジネスへと発展していく可能性もあります。また、カーシェアやライドシェアなどが普及し、MaaSの一つとして組み込まれていけば、空きスペースとなっている土地や不動産を有効活用することもできるようになるかもしれません。
不動産テック先進国アメリカのMasS
MaaSは交通、すなわち移動の概念ですが、利用者の目的は移動そのものではなく、移動した先にある施設利用や買い物、飲食、イベント体験といったサービスになります。交通手段や不動産などハード面だけではなく、イベントやサービスなどのソフト面もアプリ上で利用者に提供することで、街の外からの人の流入を促すといった、街の活性化に活かすこともできます。
さらに交通手段と不動産とサービスによる街の全体最適化を、医療や福祉、介護などと連携することで、街が抱える社会問題を解決しようとする動きがあります。不動産テック先進国、アメリカの事例を紹介します。
オハイオ州コロンバス「Smart Columbus」
アメリカのオハイオ州コロンバスは、郊外の低所得者が多い地区で出生児の死亡率が高いという問題を抱えています。そこでコロンバスは、最も死亡率が高い地域に住む女性500人を対象に、病院の予約サービスと病院までのシャトルバスのデータシステムを統合し、検診と移動の予約を一つのアプリでできるようにする実証実験を行なっています。さらに利用者の利便性向上のため、シャトルバスの他にも新たにUberと連携してライドヘリング(広義での配車サービス)での移動の提供も予定しています。このように交通手段と病院を結びつけることにより、適切なタイミングで適切な医療を受けることで出生児の死亡率を改善させるといった低所得者層向けの医療・福祉サービスの充実を目指しています。
コロンバス市サイト【URL】https://www.columbus.gov/smartcity/
カリフォルニア州サンフランシスコ MaaS付住宅「Car-Free Living」
同じくアメリカのカリフォルニア州サンフランシスコでは物価が高いために自動車保有コストが高く、さらには駐車スペースが不足しているため、交通渋滞が深刻化しています。そこで、住居者には月100ドル分のポイントが付与され、そのポイント内で公共機関や配車サービスを利用することができる、MaaS付き住宅「Car-Free Living」が登場しました。
まとめ
このように一見他業種の話と思われるテクノロジーの活用も、街づくりや社会問題の解決という点では不動産業界にも密接に関わっています。さらに医療や介護、鉄道などの他業種のサービスとの連携によって社会の持続性を高める可能性も秘めており、SDGsにも通じるとところがあります。
スマートシティとはその街にあるリソースの全体最適だけに限りません。街の外にあるリソースも活用することで街を活性化させ、街全体をより豊かで快適にすることができるでしょう。少子高齢化や都市への人口集中、ドライバー不足など課題先進国の日本だからこそ、世界最先端のスマートシティを実現できる可能性を秘めているのです。