顧客体験主義時代に求められる物件探し体験とは

- 若者の情報収集の仕方が変化してきている
- メルカリ、ZOZOTOWNのヒットから学ぶ、「スマホ」を通じた「体験」を向上させることの重要性
- 時流に合った物件検索サービス事例
はじめに
「モノ」から「コト」消費への移行が叫ばれる昨今。業界問わず、企業は消費者に選ばれるため、製品やサービスを通じた優れた顧客体験をいかにして提供するかに頭を悩ませています。
不動産業界における代表的なサービスといえば、住む部屋を探している消費者へ向けて物件や街の情報を提供し、不動産仲介会社へと送客する物件検索サービスがあります。この分野においても、ただ部屋の広さや家賃といった情報を並べただけではない、新しい顧客体験を提供するサービスに注目が集まっています。
今、消費者に好まれる新たな物件探し「体験」とはどういったものなのでしょうか。若者の情報収集の仕方や注目のサービス事例を参考に、考察していきましょう。
若者の検索離れ
2018年7月10日に博報堂DYメディアパートナーズのメディア環境研究所、博報堂の買物研究所、D.A.コンソーシアムホールディングスの広告技術研究室が共同で発表した「スマートフォンユーザー情報行動調査2018」によると、国内でスマートフォンの発売が開始された2008年から10年経ち、今やその所有率は79.4%。
“ガラパゴス携帯”とも称される従来の携帯電話も担っていた、通話やメールといった「コミュニケーション」だけでなく、検索などの「情報収集」や動画や漫画、音楽などの「エンターテインメント」、そして「買い物」まで、生活にまつわるあらゆる行動をスマートフォン一つで行なえるようになってきています。
そんな中、同調査は15~69歳のスマートフォン保有者3,300人に対し、日頃のメディア接触や情報収集行動、買い物行動について聴取。その結果、10~20代の“スマホ・ネイティブ”と呼ばれる若者たちが新たな情報行動をしていることが明らかになりました。彼らは気になるキーワードをその都度検索するのではなく、例えば以下のようにスマートフォンやSNSの機能を上手く活用して、興味のある情報だけが手元に集まるように「情報引き寄せ」を行なっているというのです。
・欲しいものや行きたい場所、ちょっといいなと思ったものは、とりあえずスクリーンショットやメモで保存する
・SNSで気になる情報や画像があると、とりあえずその投稿を保存しておく
・Twitterで気になるツイートがあると、とりあえず「いいね」しておいて、後から見る
・SNSで、興味のない情報が多いアカウントは「非表示」や「通知設定をオフ」、「興味なし」で見えないようにする
・SNSで、ちょっといいなと思った「企業や公式のアカウント」は気軽にフォローしている
・Instagramで、好きなものをたくさん「いいね」して、関連した画像が自然に集まってくるようにする(自動で表示されやすくする)
同調査では15~29歳の若年層において、81.3%がこのような「情報引き寄せ」行動を行なっていることが判明しました。上記のように、端末のスクリーンショット機能やSNSを使い、気になる情報を瞬間的にどんどん「貯めていく」のと並行して、気になる個人や企業アカウントを「フォロー」したり、興味のある情報に「いいね」をしたりといったリアクションをとることで、自分にとって有益な情報が「自然に貯まる」ような仕組みを作っていく行動が若年層、特に女性層を中心に生まれているといいます。
さらに、15~29歳の若年層の中でも「情報引き寄せ」行動を積極的に実施している層は、「見たい番組やコンテンツを選択するスピード」や「買い物の際、商品を選ぶスピード」が「速くなった」と回答しています。「情報引き寄せ」をすればするほど、意思決定スピードは「高速化」するということです。
今回例に挙げたいくつかの「情報引き寄せ」行動を見るだけでも、今や企業がただ「私たちが作った製品・サービスを買ってください」と発信するだけでは興味を持たれず、消費者の手元に届く「前」に情報自体が遮断されてしまう可能性が高いことが分かります。限られた情報だけが手元に残され、そこからさらに使うものを取捨選択しているのですね。
こうしたシビアな若者に選ばれるサービスとは、一体どのようなものなのでしょうか。まずは参考として、若者に絶大な人気を誇る通販サービスの例から顧客体験向上のヒントを探ってみましょう。各社の取り組みを紹介していきます。
メルカリやZOZOTOWNが「選ばれる」理由
「顧客が今、何を欲しがっているのか」、「どういった体験をしたいと思っているのか」。これらを突き詰めた結果、成功した企業として有名なものがアパレルオンラインショップ「ZOZOTOWN」を運営するZOZO(旧:スタートトゥデイ)やフリマアプリ「メルカリ」を運営するメルカリではないでしょうか。
2018年2月6日にMM総研が発表した「フリマアプリ・オークションサイトの利用動向調査」によると、今や20代の約半数(47.6%)、全体で約38.0%もの人々がフリマアプリ・オークションサイトを利用しているといいます。
特に2018年は、それまで個人間売買市場において独断場だった「ヤフオク!(旧:Yahoo!オークション)」の国内利用者数をメルカリのそれが上回る「逆転」現象が起こったことが日経クロストレンドとニールセンの調査によって明らかになり、大きな話題を呼びました。
メルカリは上場前、評価額10億ドル以上の未上場企業である「ユニコーン企業」としても国内外から高く評価されていました。同社の台頭は、物やサービス、場所を人と共有・交換しながら利用する「シェアリングエコノミー」の考え方が広がってきたことも一因に挙げられますが、ユーザー体験の向上に注力してきたことも大きな要因でしょう。
同社ではユーザビリティテストやユーザーインタビューを頻繁に行ない、メルカリを使ったことがないユーザーがつまづくポイントや、企業側が想定していない「新しい使い方」を発見する機会を設けているそうです。
また、老舗オークションサイトである「ヤフオク!」では不正利用を防ぐためのルールがしっかりしている分、会員登録後すぐに使い始めることができるメルカリに比べると、「設定がいろいろとあって難しそう」と感じてしまうユーザーが多いのかもしれません。加えて「ヤフオク!」はスマホの登場以前から存在するサービスであるため、初めからスマホでの利用を前提に設計されたメルカリに比べると、「スマホでの使いやすさ」という点で一歩後れを取ってしまったのです。
それでは、「ZOZOTOWN」はどうでしょうか。こちらも優れた顧客体験で低調気味といわれるアパレル業界を牽引してきたショッピングサイトです。ニールセンが2018年9月27日に発表した「Digital Trends 2018上半期」を見ると、同サイトは東京の若年層を中心にスマートフォンからの利用者数を拡大しており、2018年6月時点で2017年6月の525万人から22%増加し、642万人に達していることが分かります。
Emotion Techが2017年12月12日に発表した「アパレルECサイトの顧客ロイヤルティ(NPS)調査レポート」を見ると、調査対象となった大手のモール型アパレルECサイト8社のうち、最もNPS(ネットプロモータースコア)が高かったのは「ZOZOTOWN」でした。「NPS(ネットプロモータースコア)」は、顧客が企業やブランドに対して抱く愛着や信頼の度合いを示す指標で、この数値が高い企業は高い事業成長率を保つことができるとされています。
上記の調査によれば、アパレルECにおいてNPS向上に重要なのは「商品を探すときの体験」「購入時の体験」「広告」。「ZOZOTOWN」はこの中で最も重要な「商品を探すときの体験」が優れているとのこと。具体的には、特に「絞り込み機能」や「ブランドや商品の種類の豊富さ」、「キーワード検索のしやすさ」など、ユーザーが希望する商品を見つけるのに役に立つ機能が重要な要素であると分析されています。
同サイトに関しては、度々行なわれる大胆な値引きキャンペーン等にばかり目を奪われがちですが、もともとは「いかに簡単に欲しい物に辿り着けるか」というECサイトにおいて至って基本的な顧客体験を着実に向上させていった結果、現在の地位を築いていったのだろうと推測できます。
また、前出のニールセンの調査結果に記載されているPCとスマートフォンの利用状況を見ると、2018年4月から6月にかけてのスマートフォンからのインターネット利用者数(月間平均)は6,772万人に上ります。また、スマートフォンからのインターネット利用者数を見ると、16~29歳ではスマートフォンのみでインターネットを利用している層は41%、PCとの併用は56%。PCのみでインターネットを利用しているのは3パーセントという結果になっています。
スマートフォンとPCを併用する「ハイブリッド派」も意外と少なくないようですが、やはりこれからはスマートフォンを通して提供できる「優れた体験」を主軸に考えていくべきでしょう。
特徴的なサービスを展開する不動産会社
情報引き寄せを通じて、興味がない、面白くないと感じた情報は手元に流れてくる前に遮断してしまう若者たち。こうした消費者に選ばれるため、様々な工夫を凝らしたサービスが不動産業界のサービスにも登場しています。
各社の取り組みを紹介していきます。
ietty
「ietty」(株式会社ietty)の利用イメージ【出典】iettyのホームページより:https://ietty.me/
「待ってるだけのお部屋探し」が特徴の、チャットを活用したオンライン型賃貸物件仲介サイト。非公開物件を含むほぼ全ての物件が仲介可能で、実店舗を持たないためにその分の多く構える分のコストを「契約時の仲介手数料50%オフ」という形で顧客に還元しています。いわゆる「チャットボット」と呼ばれる自動会話プログラムと、実在の営業マンやスタッフによるチャットを併用することで、サービスの効率化と質の向上を図っています。
はじめは、顧客が入力した希望条件を基に人工知能(AI)が物件を提案。本格的な検討段階に入る前に「無人対応」で、気軽に希望条件や相場観を固めていくことができる仕組みです。具体的な検討段階に入ったら、AIに不動産のプロによる「人力」対応が加わり、内見の予約等ができるようになります。
登録時に入力した条件を基に、希望に沿った物件情報=有益な情報をどんどん手元に集めてきてくれる仕組みは、現代の若者に合ったサービスといえるでしょう。
goodroom
「goodroom」(グッドルーム株式会社)【出典】goodroomのホームページより:https://www.goodrooms.jp/
リノベーション・デザイナーズ物件をはじめとする、こだわりの賃貸物件を独自の視点で紹介する物件情報サイト・アプリ。物件ごとに用意された、「暮らしのイメージができる」丁寧な取材記事がユーザーの心を掴み、月間訪問者数は50万人以上。サービス開始からわずか4年半で、東京・大阪・名古屋・福岡・札幌の5エリアで月間40万人ユーザーに達しました。
360°カメラで撮影したパノラマ写真で、実際に物件へ足を運んで内覧した感覚に近い体験をユーザーに共有。様々な角度から撮影した室内写真を、最低でも14枚掲載。周辺環境や設備のほか、物件の良い点や悪い点も記載した上で、目を引くキャッチコピーで閲覧を促進しています。このあたりは、口コミのようにSNSでの体験を意識した表現方法となっていると言えるでしょう。
東京R不動産
「東京R不動産」(R不動産株式会社)【出典】東京R不動産のホームページより:https://www.realtokyoestate.co.jp/
「多少古くても良いので、雰囲気のある家が良い」、「倉庫のようなカッコいい物件を事務所にしたい」といった、人それぞれのこだわりや好みに着目。新しい視点で不動産を発見し、紹介している物件情報サイトです。賃貸物件だけでなく、売買物件も取り扱っています。
「レトロな味わい」、「倉庫っぽい」など、他にはない独特な検索条件で物件を探せるほか、「goodroom」と同じく物件ごとに付けられた個性的なキャッチコピーや、暮らしを意識した物件記事が特徴です。
また、サイトの運営チームは賃貸・売買の仲介だけでなく、リノベーション(リフォーム)、企画・デザイン、ビル再生、新築プロデュースから不動産コンサルティングまで、幅広いサービスを提供。日々多くの読者・ユーザーに触れる中で得た知見を活かし、顧客に求められる物件を実際に形にする事業も行なっています。
IT重説に関する取り組み(いい生活)
「株式会社いい生活」におけるIT重説に関する取り組み(株式会社いい生活)【出典】いい生活のホームページより:https://www.es-service.net/service/it-jusetsu/
個別のサービスについてではありませんが、2017年10月1日より「ITを活用した重要事項説明(IT重説)」の本格運用が開始されたことも、顧客体験の向上の一つです。今回は、不動産業界に特化したクラウドサービスを開発・提供する「いい生活」の取り組みを紹介します。
IT重説とは、宅建業法により宅地建物取引士が対面で行うことを義務付けられている重要事項説明を、テレビ会議システムなどを用いてオンラインで行うことを指します。顧客や宅建士の移動時間や交通費を大幅に削減できる他、訪日外国人や投資家にとって手続きの利便性が向上。不動産流通の活性化が期待できるとされています。
同社は社会実験開始時より積極的にこの取り組みに参加しており、不動産会社向けにIT重説を行なうためのツールとしてWEB会議システムを提供しています。
“スマホ・ネイティブ”の世代に多い大学入学や就職による遠方への引っ越しの際にも、重説のためだけに出向かなくてはならないような負担が軽減されることは大きなメリットです。このシステムはスマホやタブレットで利用でき、ID/パスワードも不要のため、手軽に利用できるサービスとして今後さらに広がっていきそうです。サービスごとにIDやパスワードが増えてしまって管理に困っている若者にも好感を持ってもらえそうです。
まとめ
良い製品やサービスを作りさえすれば売れた時代はとうの昔に終わりました。洪水のように溢れかえる情報を前に、消費者は「情報引き寄せ」行動をはじめ、自分にとって有益な情報とそうでない情報を分類する術を身に付けてきています。
見込み顧客に情報を届ける為に、ただ情報の発信量を増やすのではなく、どうしたら情報引き寄せ行動の中に組み込んでもらえて、顧客に対してストレスなく、有用だと思ってもらえる情報を提供できるのか。それを突き詰めていくことにこそ、「優れた顧客体験」のヒントがあるのかもしれません。