不動産業界におけるカスタマーハラスメント対策を解説!法律や判断基準も
- 企業がカスタマーハラスメント対策を取らないことで、労働契約法および労働施策総合推進法に違反する恐れがある
- 2023年9月に国土交通省がマンション標準管理委託契約書に「カスハラ条項」を追加、カスハラを「有害行為」と明記する
- カスタマーハラスメント対策には体制の整備や従業員への配慮に加え、AI技術を利用した対話履歴の作成やカスタマーサポートのDX化という方法もある
顧客からの暴言や暴行、脅迫、不当な要求など「カスタマーハラスメント」と呼ばれる迷惑行為の件数が増え社会問題となっています。
不動産業界でも、国土交通省が2023年9月にマンション標準管理委託契約書を改訂し第12条「有害行為の中止要求」の条文とコメントに、カスハラ対応の規定やコメントが追加されました。
今回はカスタマーハラスメントの定義や企業と顧客に抵触する法律、企業が行うカスタマーハラスメント対策を解説していきます。
カスタマーハラスメントは違法?抵触する可能性のある法律とは
顧客が従業員にカスタマーハラスメントをした場合に企業が対策を取らないことで、以下2つの法律に抵触する恐れがあります。
- 労働契約法:安全配慮義務違反
- 労働施策総合推進法と厚生労働省の指針:職場における優越的な関係を背景とした問題への措置
1.労働契約法:安全配慮義務違反
企業は労働者の生命や身体などの安全・健康に配慮する義務(安全配慮義務)があることが、労働契約法第5条で定められています。
労働契約法(労働者の安全への配慮)
第5条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
安全配慮義務は、ケガや病気などの労働災害を未然に防止するための安全衛生管理上の義務です。労働災害とは、身体のケガだけではなく精神疾患を含みます。
電話や窓口での応対などの場面では「暴言はどこからカスタマーハラスメントになるのか?」と疑問を抱く方が多いのではないでしょうか。
厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」では、①顧客等の要求内容に妥当性はあるか、②要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲かという判断基準が例示されています。
安全配慮義務を実施するためには、職場における労働者の周りの危険を予知して発見する「危険発見」とリスクを除去・低減させるといった「事前排除(予防)」の活動が 必要です。
カスタマーハラスメントにより心身の不調を訴える従業員がいる場合は、その従業員に応対をさせない、従業員が相談できる環境を整えるなどの対策をとることをおすすめします。
企業や管理者が安全配慮義務を果たさない時には、損害賠償責任が生じてしまいます。
2.労働施策総合推進法と厚生労働省の指針:職場における優越的な関係を背景とした問題への措置
労働施策総合推進法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)第30条では、職場の優越的な関係を背景とした言動によって労働者の就業環境が害されないように体制の整備や必要な措置を講じることが定められています。
労働施策総合推進法(雇用管理上の措置等)
第30条の2 事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて 、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
例えば従業員がカスハラによって心身の不調をきたすといった就業環境が害されていることを放置すると、労働施策総合推進法に抵触する可能性があります。
さらに、厚生労働省は2020年6月に上記の「雇用管理上の措置」に関する指針(通称:パワハラ防止指針)を公表しています。
パワハラ対策の指針ではありますが、カスハラについても「顧客等からの著しい迷惑行為(暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等)により、その雇用する労働者が就業環境を害されることのないよう、雇用管理上の配慮として、例えば、⑴及び⑵の取組を行うことが望ましい」と記載 されています。
- 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
事業主は、他の事業主が雇用する労働者等からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為に関する労働者からの相談に対し、その内容や状況に応じ適切かつ柔軟に対応するために必要な体制の整備として(略)次の取組を行うことが望ましい。(略)
イ 相談先(上司、職場内の担当者等)をあらかじめ定め、これを労働者に周知すること。
ロ イの相談を受けた者が、相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること。 - 被害者への配慮のための取組
事業主は、相談者から事実関係を確認し、他の事業主が雇用する労働者等からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為が認められた場合には、速やかに被害者に対する配慮のための取組を行うことが望ましい。
(被害者への配慮のための取組例)
事案の内容や状況に応じ、被害者のメンタルヘルス不調への相談対応、著しい迷惑行為を行った者に対する対応が必要な場合に一人で対応させない等の取組を行うこと。
カスハラによって従業員の業務に支障がある、健康を害する恐れがある時には上記の取り組み例を参考にしましょう。
カスタマーハラスメントを行った顧客が抵触する可能性がある法律
- 民法第709条:不法行為による損害賠償
- 刑法222条脅迫罪、刑法223条強要罪など
1.民法第709条:不法行為による損害賠償
故意または過失によって他人の権利や利益を侵害した者は、損害賠償責任を負います。
例えば交通事故によって傷害を負った 、不貞行為により離婚する際に慰謝料を請求するケースなども「不法行為による損害賠償」に該当します。
カスタマーハラスメントで想定される不法行為は、「従業員がケガを負わされた」「精神疾患になった」などの事例です。
2.刑法第222条脅迫罪、刑法第223条強要罪など
厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」にはカスタマーハラスメントが抵触する法律として、刑法第222条「脅迫罪」刑法第223条「強要罪」などが記載されています。
例えば「脅迫罪」は「生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する」ものです。
「強要罪」は「生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、三年以下の懲役に処する」と規定されています。
強要罪は未遂でも罪に問われます。
国土交通省がマンション標準管理委託契約書に追加した「カスハラ条項」とは
国土交通省は、2023年9月にマンション標準管理委託契約書を改訂し、マンション標準管理委託契約書第12条の本文・コメントにおいて以下赤字の部分が追加されました。
【画像出典】国土交通省報道発表資料「マンション標準管理委託契約書を改訂しました 新旧対照表」よりスクリーンキャプチャにて作成
【URL】https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001630212.pdf
本文にはマンション管理における「有害行為」にカスハラが含まれることが明記され、コメント欄には厚生労働省のマニュアルを参考に対応すること、管理組合と協議をしておくことなどが記載されました。
カスタマーハラスメントとは?
カスタマーハラスメントに明確な定義はありませんが、厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」には以下のように記載されています。
顧客などからのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの
具体的には顧客の以下のような言動がカスハラに該当する可能性があります。
【画像出典】厚生労働省 カスタマーハラスメント対策企業マニュアル作成事業検討委員会「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」よりスクリーンキャプチャにて作成
【URL】https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000915233.pdf
同マニュアルによると、過去3年間に勤務先でカスタマーハラスメントを受けた経験のある人は15%に上り、セクハラ(10.2%)より回答割合が高い結果です。
【画像出典】厚生労働省 カスタマーハラスメント対策企業マニュアル作成事業検討委員会「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」よりスクリーンキャプチャにて作成
【URL】https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000915233.pdf
カスタマーハラスメントの該当事案の内容は「長時間の拘束や同じ内容を繰り返す等の過度なクレーム」(59.5%)の割合が最も高いです。
【画像出典】厚生労働省 カスタマーハラスメント対策企業マニュアル作成事業検討委員会「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」よりスクリーンキャプチャにて作成
【URL】https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000915233.pdf
ハラスメント該当事案における行為者と被害者の関係は「顧客等(患者又はその家族等を含む)から自社従業員へ」が全体の9割を占めています。
企業が行うべきカスタマーハラスメント対策とは
企業が実施するカスタマーハラスメント対策には、以下のものが挙げられます。
<従業員への対応>
カスタマーハラスメント相談窓口を設置する、または担当者を決め周知する
従業員の健康を害する恐れがある場合は、迷惑行為を行う顧客に対応させない
状況に応じて通話を録音し、AIによる音声認識技術を利用し対話履歴を作成しておく
<顧客への対応>
チャットボットやサイトのFAQを充実させるなどカスタマーサポートのDX化
厚生労働省の指針に書かれている体制の整備や従業員への配慮の他に、AI技術を利用した対話履歴の作成やカスタマーサポートのDX化など最新技術を使う方法もあります。
対話履歴の作成はいざという時に証拠になる可能性があり、カスタマーサポートのDX化は従業員の負担を減らすだけではなく業務効率化が期待できます。
この記事を参考に、企業として適切なカスタマーハラスメント対策を実施していきましょう。
執筆者/田中あさみ FPライター。大学在学中に2級FP資格を取得、医療系の仕事に携わった後ライターに。CFP(R)相続・事業承継科目合格。全科目合格に向けて勉強中。
金融・フィンテック・不動産・相続などの記事を多数執筆。
ブログ:https://asa123001.hatenablog.com/
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