広がるVR内見 ユーザー、不動産業者それぞれのメリットは?

2021.10.27
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広がるVR内見 ユーザー、不動産業者それぞれのメリットは?

■自宅のモニターで、360度の物件確認

 入室のURLをクリックすると、居室へとつながる廊下が映し出された。築10年のアパートの1階、約28平方メートル・1Kの物件だ。マウス操作で画面を動かせば、天井もフローリングも壁紙も360度自由に見ることができる。パソコン画面上なのに、まるで視線を動かしているかのような臨場感だ。気になる部分があれば拡大も可能。築10年たっているとは思えないきれいなフローリングと壁紙だった。聞くと、壁紙交換をしたばかりだという。
キッチン、洗面所、トイレを確認して居室へ。8.5畳の洋室も隅々までゆっくり見渡すことができた。扉が閉まった状態では広さを確認できないウォークインクローゼットのなかも別途撮影されており、広さを十分に体感できる。最後に、ベランダへとつながる窓を開けた。1階であることが少し気になっていたが、道路には面しておらず、部屋の前には緑がまぶしい芝生のスペースが確保されていた。自宅のパソコンモニター前にいながら、部屋の様子は十分に確認できた。

■広まるVR内見サービス

いま、360度カメラ映像を使い、現地を訪れることなく物件を内見する「VR内見」サービスが広がっている。2021年7月に発表された業界地図「不動産テックカオスマップ」(不動産テック協会)の最新版では、VRやARを使ったサービスが31件掲載されている。2020年発表時は20件だったので1年で1.5倍以上に増えた計算だ。背景には新型コロナ禍による業界の急速なIT化がある。

VR内見システムを提供するスペースリーの吉澤李菜子さんはこう話す。
「昨年4月に最初の緊急事態宣言が出たころから、事業者様からの問い合わせが急増しました。VR内見自体の社会の注目度も高まりましたし 、対面案内がしづらい状況を打破するためのツールとして興味を持ってくれた会社が多かったようです」


スペースリーの吉澤李菜子さん。オンライン取材の画面から

2016年にサービスを開始したスペースリーのVR内見システムは、現在4000ユーザー以上の不動産関連事業者が導入しているという。賃貸仲介企業だけでなく、売買仲介や投資用物件を扱う企業、管理会社など導入先は多岐にわたる。

「VR内見システムは事業者様にとっては業務効率化や自社サービスの魅力アップ、お客様にも様々な選択肢を提示できるシステムです」(吉澤さん)

撮影は導入する企業が自ら行う必要があるが(オプションで撮影代行サービスもあり)、360度カメラさえあればさほど難しくなく、専属スタッフのサポートも受けられる。撮影した画像をスペースリーのシステムへアップロードし、間取り図と連動させたり、部屋と部屋を移動する矢印を埋め込んだり、より詳しく見せたい部分に説明を加えたりしてコンテンツを作り上げていく。同社のシステムでは、作成したVRコンテンツを自社ホームページに埋め込む機能やパノラマ画像をダウンロードして別のサービスに使う機能、360度画像を切り出して通常の画像に変換する機能などもあり、使い勝手がいい。

実際に導入している企業の担当者によると、多少の「慣れ」は必要だが、業務効率化や顧客アピールのメリットの方が圧倒的に大きいという。

■コロナ禍で決めた導入

神奈川県川崎市で不動産仲介や不動産管理を手掛けるエヌアセットも、新型コロナの感染が拡大し始めた去年3月にスペースリーのVR内見システムを導入した。賃貸仲介の営業を担当する佐藤頼人さんは言う。
「それまでも『ウェブ申し込み』や『IT重説』には対応していましたが、IT化を進める必然性がなく、VR内見などを検討したことはありませんでした。ただ、新型コロナ禍でお客様の来店や案内が制限されるなか、少しでもスムーズにご案内するためにVR内見を含めたウェブ案内のシステムを準備しました」

同社が管理を担当する賃貸物件では8割程度、一般仲介の物件でも3割以上は既にVR内見に対応した。また、対応していない物件も要望があればすぐにスタッフが撮影に向かうという。
「室内をVRで見てもらうだけでなく、実際にスタッフがカメラを持って物件周辺を歩き、周辺環境を案内したり、スタッフのみ現地を訪れてお客様が気になる箇所をカメラ越しに入念に見てもらったり、様々なサービスを組み合わせて使っています」(佐藤さん)


エヌアセットの佐藤頼人さん

しかし、VRといえども結局のところはカメラで撮影した画像に過ぎない。「住む家を決める」のは、たとえ賃貸であっても数年に一度の大イベントだ。ユーザー目線で本当に「使える」のか。実際に「案内」してもらうことにした。そのときに見せられたのが、冒頭の1Kの部屋だった。
映像はかなりクリアで、360度視線を動かせるので臨場感も高い。ウォークインクローゼットなど中を確認したい部分もしっかり撮影されている。さすがにこれだけで「購入」は決められないが、数年間の一人暮らしならばもう契約してもいいかもしれない。
と、思ったところで考え直した。不動産情報サイトなどに掲載されている画像は、光量を上げて実物よりも相当きれいに仕上げられていることが多い。この映像もそうかもしれない。そう思って、佐藤さんに「実際に現物も見せてほしい」と依頼すると、快く応じてくれた。

下記がVRシステムから切り出したスクリーンショットと、実際に現地で撮影した画像の比較だ。光の関係で色味が若干異なり、どちらも画像なので伝わりにくいかもしれないが、個人的な印象では現場を見てもVRと同じくらいかむしろVR以上にきれいに見えた。


上が実際に現地で撮影した画像、下がVRシステムから

佐藤さんは言う。
「VR内見は、現地を見ないで契約される可能性もあるシステムです。住んでみて『やっぱり違った』と思われてしまうのはお客様にとっても私たちにとってもオーナー様にとってもマイナスです。なので、できる限り現実と同じように感じられるように撮影しています。目立つ汚れがあれば説明を加えたり、別途その部分だけ撮影したりもしていますね」

■顧客、不動産会社、オーナーそれぞれにメリット

実際に体験してみると、ユーザー目線でもかなり使い勝手のいいシステムだった。やはり実物を見ないと怖いと感じるならば、例えばVR内見で候補を絞り、1~2件の最終候補を現地に赴いて確認するという使い方ができるだろう。賃貸だけでなく、購入する場合の「入り口」としても使いやすい。
遠方に住んでいてどうしても内見が難しい場合でも、これがあればかなり安心して契約することができる。記者自身も9年前、北海道から東京に引っ越してきた。そのときは引っ越し直前に何とか予定を空けて東京を訪れ、丸1日かけて10件程度の物件を内見した。周辺環境など見る暇もなく家から家へと移動したが、最後の部屋を見終えたころには外は真っ暗。最初に見た物件がどんな部屋だったかはもはや覚えていない状態で申し込みを入れた。不動産会社の担当者も、7万円程度の部屋を貸すためだけに1日拘束されたことになる。
一般的に室内を確認せずに購入するケースが多い投資用物件(オーナーチェンジ)でも、空室期間中に撮影しておけば次のオーナーに対するアピールになりそうだ。

佐藤さんが手がける賃貸仲介の現場では、VR内見のみで契約を決める人が全体の1割程度、それ以外に、複数の物件をVR内見して候補を絞る使い方も多いという。
「最も遠方ではイギリスから日本に転勤される方が、VR内見で契約を決めてくださいました。これまでは業界の慣習もあり『まったく見ないで契約』は受け付けておらず、どんなに遠方でも1度は来ていただく必要があった。お客様にとってはかなり負担が減るシステムだと思います。私たち不動産業者にとっても案内が効率化されますし、お客様の評価も高まります。また、完成間際の物件をVRで撮影してお客様に見せることで、17室のアパートが引渡し前に満室の申し込みをいただけたこともありました。空室期間が出ず、オーナー様にも大変喜ばれました」

VR内見は顧客・不動産会社・オーナーの3者それぞれにメリットが大きいシステムだった。

文・写真/川口 穣

スペースリー
https://spacely.co.jp/

エヌアセット
https://www.n-asset.com/

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