”最高の経営統合”で業界全体のシームレスなDXを目指す―イタンジ社×ハウスマート社インタビュー
- イタンジ社×ハウスマート社の経営統合インタビュー
- これまでにない「最高の経営統合」と発信している意味
- 営業にとって非効率なペイン部分を解決したい
- ITの力で営業担当として働く体験を変えられる
不動産賃貸管理・賃貸仲介領域のDXに取り組んできたイタンジと、不動産売買仲介営業支援に特化したシステム開発・運営を手掛けるハウスマートが、2024年1月に経営統合した。賃貸と売買という隣り合う領域の不動産テックをリードしてきた両社の統合は、どんなインパクトを生み出すのか。不動産業界にどのような未来を描いているのか。
イタンジの永嶋章弘代表、ハウスマートの針山昌幸代表のふたりに、SUMAVE編集長の川名正吾が聞いた。
(左)
イタンジ株式会社 代表取締役社長執行役員CEO
永嶋章弘
ながしま・あきひろ/筑波大学大学院システム情報工学研究科修了後、エンジニアとしてニフティ株式会社入社。2014年、創業期のイタンジに入社し、新規事業立ち上げに取り組む。16年に株式会社メルカリに転職、18年に執行役員としてイタンジに再入社し、23年11月より現職
(中央)
株式会社Housmart(ハウスマート) 代表取締役
針山昌幸
はりやま・まさゆき/一橋大学経済学部卒業後、オープンハウスで不動産仲介、用地仕入れ、住宅企画などを担当。その後、楽天株式会社を経て2014年9月にHousmartを設立し、代表取締役に就任
(右)
【聞き手】株式会社リブセンス SUMAVE編集長、株式会社フィルライフ代表取締役社長
川名正吾
かわな・しょうご
これ以上の組み合わせはない、最高の経営統合
――今日はありがとうございます。まずはそれぞれ簡単に自己紹介と会社の紹介をお願いします。
永嶋章弘(永嶋):イタンジの永嶋です。もともと僕はエンジニアで、創業期のイタンジに転職し複数の新規事業を立ち上げた後、メルカリでプロダクトマネージャーを経験し、再度役員としてイタンジに戻ってきました。CEOになったのは昨年の11月。一昨年の11月に親会社であるGAテクノロジーズ代表とイタンジの前任代表の三人で会食をしようと中華料理屋に呼ばれて、「実は1年後に退任するから後任をお願いしたい」と。突然だったので、本気で驚きましたよ。「断ったらどうするんですか」と聞くと「そうなったら後任が見つかるまで責任もってやります」と返されたんです。今後のイタンジの成長を賭けて期待してもらえていることは素直に嬉しかったですし、「不動産業界を変えたい」という想いは誰よりも強いと自負していたので、引き受けることはすぐに決めました。
イタンジでは、不動産賃貸のあらゆる領域をカバーするシステムを開発しています。管理会社様の賃貸管理業務と募集業務。内見予約、入居申し込み、契約、さらに更新退去など一連の業務を支援するサービスがあります。あとは賃貸仲介支援ですね。大きくわけると、「部屋が空いているとき」「部屋が埋まっているとき」「賃貸仲介」の3つの分野に対して幅広くサービス提供しています。
針山昌幸(針山):ハウスマートの針山と申します。2014年にハウスマートを創業して、ちょうど間もなく10年になります。ハウスマートとしてメインで取り組んでいるのが不動産売買仲介会社向けの営業支援システム「PropoCloud(プロポクラウド)」の提供です。不動産売買ではWEB化が進み、個人のお客様が簡単に情報収集できるようになったことで検討期間が長くなっていて、営業担当者にとって長期的なフォローがペインになっています。この課題を解決する、長期追客を自動化することに最大の強みを持ったサービスです。おかげ様で着実にご活用いただける会社様が増えていて、いわゆる大手から地場の会社様までお取引しています。
――経営統合のニュースには驚きました。どのような経緯だったのでしょうか。
永嶋:イタンジでは、賃貸だけではなく、売買の領域にサービスを広げていくことを常に検討していました。しかし、2010年代以降、不動産テック業界ではスタートアップがいくつも誕生し、売買領域でも成熟している企業様がいたため、自分たちがゼロからイチをつくって追いつくのはなかなか難しい。時間をワープするように短縮させるにはM&Aを選択するのが最善と考えました。ハウスマートさんとはもともと交流もあって、社風やサービスの良さもよく知っていたので、真っ先にお声がけさせていただきました。
――ここだけの話、もっといいなと思う候補はなかったんですか?
永嶋:それはなかったです。売買領域のサービスを提供されている企業様は他にもありましたが、ハウスマートさんが提供しているサービスも、会社としての方向性も最もマッチすると思いました。これ以上の組み合わせはない、最高の経営統合です。僕らにとっては、これまで踏み込めずにいた売買領域にサービスを広げられる。ハウスマートさん側の視点から見ると、僕らのグループの経営資源を活用していただいて、事業を伸ばしていけます。
針山:お声がけいただいたのは去年の6月です。何の話だろうと、少し不思議な気持ちでお会いしました。お話を聞くまでは会社を伸ばすための道筋を上場ありきで考えて、準備も進めていました。M&Aは選択肢として考えたこともなかった。どこかの傘下に入ると、企業文化とか、事業に対する思いにズレが出てきてしまうかもしれない。マインド面は正直一緒になるまでわからない部分が大きいでしょう。それで失敗したという先輩経営者の話も聞いていたので、うちが選ぶことはないだろうなと思っていたんです。
でも、聞いていくうちにGAグループとイタンジさんならいいかもしれないと、脳のスイッチが入りました。それから3カ月くらい、何度もミーティングや会食をしながら考えました。私自身は永嶋さんとは面識が薄かったのですが、現場担当者同士などは長く親しくしていただいている人間もいて、永嶋さんのこともイタンジという会社もよく知っていたんです。私自身、永嶋さんの想いは何度も確認しましたし、イタンジさんがGAグループに入ってからの変化なども率直にお話いただきました。永嶋さんを通して、イタンジと経営統合してGAグループに入ったあとの姿をリアルに想像できたのが、壁を超えることになった一つのきっかけになりました。
両社のリソースで、業界全体のシームレスなDXを
――「最高の経営統合だ」という言葉がありました。不動産業界には情報格差や営業担当者の非効率的な働き方など課題が多くあります。経営統合によってどんな変革をもたらすのか、描く未来を教えてください。
永嶋:不動産業界を見渡すと、大手企業様は「賃貸」「売買」「管理」など事業を特化していますが、中小の規模になればなるほど、売買も賃貸も管理も多角的にやっている企業様の割合が多くなります。一方、不動産テックのサービスは特定の分野をターゲットにしたものが多く、すべての領域を横ぐしでカバーできるものはまだ少ない。僕らもそのひとつですが、2010年代に誕生したスタートアップが、うちは募集領域とか、うちはオーナーアプリとか、それぞれ少しずつシェアを持っていきました。いろいろなプレイヤーがチャレンジしたことで業界全体のDXが進んだ面は確かにあります。黎明期はそれでよかったと思いますが、今はDXを完成させるべき時期に来ています。アカウントが共通していてデータも連携させられる、多角的なツールを提供することが、今後の不動産業界のDXにおいて重要なことだと思います。今回の統合を通じて、不動産業界全体をシームレスにDXしていくことに貢献していきたいですね。
――「シームレスなDX」、いい言葉ですね。ただ、イタンジは賃貸領域で様々なサービスを展開していますが、ハウスマートのPropoCloudは追客領域に特化したサービスとの認識です。売買分野全体にどのように広げる戦略でしょうか。
永嶋:実は、私たちは「2秒でブッカク!」という不動産売買に特化した物確や広告掲載などの問い合わせ効率化ツールを提供しています。リソースの問題もあり、これまで積極的な販売ができていなかったのですが、PropoCloudと組み合わせ領域を拡大していけるのではないかと考えています。IT重説なども賃貸分野の知見を活用することができますし、ゆくゆくは賃貸も売買も仲介も、AからZまで完結できるサービスにしていきたいと考えています。
不動産を「人生に残る仕事」にするために
――シームレスなDXに向けて、業界のマインドセットや考え方に課題を感じることはありますか? 私たちが不動産価格査定サイトのイエシルをローンチしたときは、消費者からも業界からも色々ありました。
永嶋:色々ありそうですよね(笑)。当時と違って今は、不動産業界で働く人のほとんどが、DX自体には前向きだと思います。ただ、電子契約サービスなど、オーナー様の了承が必要な分野に関しては、これからだなと感じることが多くあります。管理会社様側が電子契約を導入しようとされた時、オーナー様によっては従来のやり方を変更することに抵抗がある方もいらして、難航するケースもありますね。オーナー様にマインドセットを変えていただくためには、メリットを訴求するだけでなく、安心感も伝えていかなければいけないところだなと思います。
針山:売買領域でも、DXに向けた姿勢は以前とかなり変わったと思います。ただ、イエシルさんの話にも通じる点ですが、金額まわりや成約データを一般に公開することに対しては、不動産会社様も売主様もまだ若干抵抗感があるかもしれません。いま私たちのサービスに直接関係することではありませんが、本気で業界の流通構造を変えていこうとすると、物件の成約情報はものすごく大事になってきます。提供する側と利用する側の融合やバランスがとても大切になるのではと感じます。
――最後に、この経営統合を経て、将来的に不動産業界をどうしていきたいか、思いを聞かせてください。
針山:これは個人的にずっと願っていることなのですが、私は1人の不動産エージェントが賃貸から売買までカバーできるようになればいいと考えています。私は新卒でオープンハウスに入社したのですが、業務量が本当に多く売買で手一杯で、賃貸の相談が来ても対応できないし、そもそも学ぶ時間がありませんでした。本当は賃貸のタイミングからお客様とお会いして、その人が新居を買おうと考えたときにもお手伝いして、将来的に売るときも、不動産投資を始めるときもお付き合いしたい。イタンジさんとハウスマートで賃貸領域と売買領域が融合したDXを進め、業務効率を改善して営業担当者に時間が生まれれば、その間に知見を学ぶ時間も生まれます。私が思い描くような業界の将来像が実現できるかもしれません。そうなれば、当社としてのLTV(顧客生涯価値)も大きく上がりますし、働く側からしても楽しいと思うんです。ひとりのお客様と一生向き合えて、かつ不動産営業担当者としての働く体験を変えられる、つまり「不動産営業担当者の可能性を解き放つ」サービスをつくっていきたいです。建設大手のキャッチコピーに「地図に残る仕事。」というのがありますけれど、不動産営業を「人生に残る仕事」にしていきたい。
永嶋:いいですね。私たちイタンジのビジョンは、「不動産のインフラとなり、人々が大切なことに向き合えるようにする」ことなのですが、このビジョンを掲げた想いは、まさに今の針山さんの話と似ているんです。不動産の営業担当者は優秀なほど多忙になってしまうため、賃貸領域の中ですらお客様にしっかり向き合うのが難しいこともあります。でも、営業担当者の価値は、そのお客様がどんな新しい生活をしたいのかという、想いに寄り添っていけることでしょう。その究極の形が、針山さんの言った「賃貸のときも、買うときも売るときも、投資するときも寄り添う」エージェントですね。そのために生産性向上のお手伝い、あるいは知識のアシストみたいな部分をシステムが担うべきだと思っています。
不動産って、人が生きていくために欠かせない基盤である「衣食住」の「住」の部分に関わるため、めちゃくちゃやりがいのある仕事だと思っています。僕らは不動産業界全体を本気で良くしていきたいと思っていますし、不動産業界で活躍する方達をサポートしたいと思っていて、そのための同志も求めています。
(構成・写真/川口 穣)