【ニュース解説】年間投資額4000億円!米国不動産テックの大型資金調達まとめ(周辺領域編)

【画像出典】https://news.crunchbase.com/
CB Insightsが2019年8月に発表したレポートによると、米国の不動産テック企業に対する投資額の2019年累計額は4,000億円を上回り、過去最多の記録となる見込みです。それを物語るように、ここ最近もスタートアップによる資金調達が相次いでいます。今回は、その中でも大型の資金調達に成功した3社を紹介し、アメリカ不動産テックの最新トレンドを解説したいと思います。
HomeLight:約120億円 (シリーズC)
エージェントネットワークを生かしたローン・決済の新規事業に投資
【出典】https://www.homelight.com/
HomeLightはエージェント検索サイトの最大手です。厳しい審査基準を通過したトップエージェントのネットワークと、そのネットワークの中から最適なエージェントを紹介する独自のアルゴリズムを武器に成長してきました。
*編集部注:アメリカの不動産市場における「エージェント」とは、不動産を仲介する営業マンを指すが、日本の不動産仲介の営業マンとは違い、限りなくフリーランスに近い働き方をしている。詳細はこちら(https://www.sumave.com/20170823_125/)を参照。
ここ最近は新しい領域への事業展開にも力を入れており、2019年には「Simple Sale」という新サービスをローンチしました。このサービスは売り手向けのプラットフォームとも言えるサービスで、売りたい物件の情報を入力すると、「iBuyerや地元業者からの即時買取の見積もり」と「エージェントに通常の売買仲介を依頼した場合の見積もり」を同時に入手することができます。
【出典】https://www.homelight.com/simple
また2019年7月にはオンラインローン企業のEaveを買収し、ローンと決済の領域にも進出を果たしました。現在はHomeLight Home Loansとブランド名を変更してサービス提供していますが、オンラインの強みを生かして従来のローンとは以下のように差別化しています。
【出典】https://homelighthomeloans.com/
HomeLightは自社のエージェントネットワークを生かして、このローン商品を拡販していくことを成長戦略にしています。2019年11月5日には新たに120億円を調達し、このHomeLight Home Loansを中心にローンや決済といった新領域への進出に投資すると発表しています。
REX: 約44億円(シリーズC)
ディスカウント仲介業から周辺領域(ローン・保険・決済)への進出に本格投資
アメリカでは売主が買主側エージェントの仲介手数料も支払う制度のため、手数料負担は買主側と売主側の3%を合わせて物件価格×6%になります。それに対して最近は、売り手の仲介手数料を4〜5%に割り引くディスカウント仲介会社が増加していますが、REXはわずか2%という極端に安い手数料設定なのが特徴です。(REXについては以前の記事でもビジネスモデルを解説しました)
【出典】https://www.rexhomes.com/sell-with-rex#low-fees
2%という他社より抜きん出て安い手数料を実現できるのは、REXがある種の物件囲い込みを行っているからです。通常は、担当物件をMLS(アメリカ版REINS)に登録して公開し、買主を連れてきてくれたエージェントに手数料を支払うという流れですが、REXの場合は物件のMLS登録を行わず自社だけで販売活動を行います。これにより買主側のエージェントという概念がなくなるので、売主が支払う仲介手数料が劇的に下がるというカラクリです。
そのぶんMLS経由の集客(他のエージェントからの紹介や不動産ポータル経由の問い合わせ)がなくなってしまうのが課題ですが、それを補填するためにREX独自のオンラインマーケティングを行うという戦略になります。(以下の図はREXのマーケティング戦略の説明ですが、要は「MLS使えないけど、それ以外で頑張ります」と言っている図です。)
【出典】https://www.rexhomes.com/marketing-rex
REXは2015年の創業以来、累計で2,000億円を上回る取引を行い、対前年比で4倍に成長していますが、如何せんディスカウントを武器にした低利益率モデルなので、収益性の課題がつきまといます。
この状況を打開するために、REXはローン・火災保険・登記保険・決済といった周辺領域への進出をスタートしています。2019年11月20日には約44億円を調達し、周辺領域ビジネスの強化・ライセンスの確保(おそらく既存企業の買収)に投資していく予定です。
Qualia: 約60億円(シリーズC)
タイトル(登記)・エスクロー(保険)向け業務支援システムの開発を強化
アメリカの不動産取引では売買成立後に登場するタイトルカンパニーやエスクローカンパニーと呼ばれるプレイヤーが存在します。タイトルカンパニーは登記に関連する調査やトラブル発生時の保険を担当し、エスクローカンパニーは第三者機関として契約手続きを行い、最終的な決済までを取り仕切ります。いずれも大量のペーパーワークが必要となる昔ながらのアナログ業務が中心で効率改善の余地が大きいため、書類やプロセスをオンラインで管理する業務支援システムが増えてきています。
Qualiaはそういったタイトルカンパニー・エスクローカンパニー向けの業務支援システムの大手の一角です。FidelityやFirst Americanといった超大手に導入されており、同業界で20万人以上のユーザーを抱え、全米の不動産取引の15%でQualiaが利用されています。
【出典】https://www.qualia.com/consumers/
2019年11月13日には新たに約60億円の資金調達を行い、システム開発を加速させるためのプロダクト・エンジニア担当の採用を強化することを発表しました。
以前まとめたカオスマップ上だと、今回紹介した企業はピンク色の枠内になります。今回紹介した企業はいずれも周辺領域(ローン・登記・保険・決済)の市場を狙っていますが、もともとはそれぞれ全く異なるカテゴリーに属していることが分かります。各社がカテゴリーの垣根を超えて、周辺領域を狙うのには理由があります。
①周辺領域はテクノロジーによる効率化の余地が大きい
不動産業界におけるテクノロジー導入は物件検索のオンライン化から始まり、その後はマーケットの大きい仲介業務の効率化といった形で進んできました。ローン・登記・保険・決済といった周辺領域は相対的にテクノロジーの導入が遅れていましたが、いよいよ順番が回ってきたと言えます。契約が絡むことが多く、大量のペーパーワークが発生する領域のためオンライン化・クラウド化との相性はいいはずです。
②仲介事業よりも利益をあげやすい
売買仲介の領域は巨大なマーケットではあるものの大手不動産テック企業が莫大な資金力をバックに利益度外視の激しい競争を繰り広げています。ここではアメリカ不動産テック版GAFAと呼ばれる「ZORC(Zillow, Opendoor, Redfin, Compass)」ですら4社ともに赤字という状況です。
こういった状況下で、売買仲介で事業を成長させつつ、利益も両立させるのは至難の業です。そのため多くの企業は売買仲介で売上・取引件数を増やしつつ、競争がそこまで激しくない周辺領域で利益を上げるという戦略をとり始めています。前述のZORCもそうですし、今回紹介したHomeLightとREXもそれに該当します。
著者/市川 紘
シリコンバレーの不動産テック企業Movotoにて事業開発・ファイナンス部門Vice Presidentとして勤務。前職のリクルートSUUMOでは、営業→プロダクト→経営企画マネージャー→新規事業開発部長を担当。
個人として不動産テック関連のブログも執筆中。
https://medium.com/@coichikawa