【アメリカ不動産テック】カオスマップ解説 スタートアップ仲介会社編

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【アメリカ不動産テック】カオスマップ解説 スタートアップ仲介会社編

このカオスマップ解説では、長らくテック企業の主戦場だったマーケットプレイス(=ポータルサイト)を紹介してきましたが、最近の特徴としてテクノロジーを活用して仲介会社として実業に参入するスタートアップが増え始めています。
そういったテック系仲介会社の中でも、強力な不動産ポータルを持ち、物件探しから契約までの一気通貫したサポートに強みを持つRedfinやMovotoについては【アメリカ不動産テック】カオスマップ解説 第二世代ポータルサイト編で紹介したので、今回はポータルサイト以外の強みを生かして急成長している仲介会社の新興勢力を紹介したいと思います。

Compass: 豊富な資金力を武器に大都市のトップエージェントを揃えるハイエンド仲介会社

COMPASS_logo
【出典】https://www.compass.com/

次世代の仲介会社の代表格といえばCompassです。Softbank Vision Fundなどから累計約1300億円の出資を受け、時価総額は5000億円近くまで到達している正真正銘のユニコーン企業です。
アメリカでは仲介のトップエージェントが多くの顧客を抱えているので、そういった力のあるエージェントを採用することが仲介会社の昔ながらの成長戦略です。Compassはこの戦略をいわば現代版に焼き直して急成長してきた企業と言えます。

Compassは「テクノロジーを活用した次世代の仲介会社」というビジョンを示すことで、多額の資金をベンチャーキャピタルから調達してきました。その資金を活用して破格の高待遇(高い報酬・広告費補助・一等地のオフィス・ストックオプション)を提示することで、大都市圏のトップエージェントを次々と採用することができたのです。

当初はビジョンに掲げたようなテクノロジーを実際は持ち合わせておらず批判されることも多かったのですが、ここ1〜2年でテクノロジー部門の幹部やエンジニアの採用に注力。業務支援システムやポータルサイトを強化したり、ContactuallyというCRM企業を買収するなど後追いながらシステムの整備を進めています。

Compass_CRM
Compassが自社エージェント向けに提供しているCRM
【出典】https://agents.compass.com/technology/

Compassにとっての最大の課題は、将来的にどのように黒字化するかという点です。
本来、仲介会社はエージェントの仲介手数料に一定のマージンを課金することで売上を上げるのですが、Compassはこのマージンを極端に下げてエージェントを採用しているので、ほとんど売上が上がらない事業構造になっています。その一方で2500人以上にのぼる従業員の人件費、システム開発、マーケティング、オフィスといった多額のコストを抱えており、これを回収して利益を出すことができるか疑問視されています。 

compass_office
San Franciscoオフィスの様子。家賃の高い大都市の一等地に250以上のオフィスを構えており多額の固定費を抱える
【出典】https://agents.compass.com/offices/

一方で、利益のことはさておき売上だけで見ると、結果としてCompassは創業わずか7年目の2018年に売上高1000億円に到達し、全米第3位の 取扱高にまで成長しました。抱えているトップエージェントは今や11000人にのぼり、「2020年に全米上位20都市でシェア20%を獲得する」というビジョンも、あながち夢物語ではなくなってきています。
このようなアウトサイダーの驚異的な成長に老舗仲介会社は危機感を強めており、KW、Realogy、REMAXといった大手仲介会社が異口同音に「テック企業に生まれ変わる」と宣言をし、エンジニアの採用やテック企業の買収に注力し始めています。
Compassの手法自体には賛否両論はあるものの、既存プレイヤーにとっての仮想敵としてアメリカの不動産業界の進化を加速させたのは紛れもない事実です。新旧勢力の争いがどのように決着するか、その過程でどのように業界が進化するか、要注目です。

Compassの取扱高とエージェント数の伸びを示したグラフ
Compassの取扱高とエージェント数の伸びを示したグラフ
【出典】https://agents.compass.com/momentum/


eXp REALTY: バーチャルオフィスによる低固定費モデルで、エージェント向け報酬体系をシンプルかつ低マージンに

exprealty
【出典】https://www.exprealty.com/

Compassの章でも紹介したとおり、仲介会社はエージェントの仲介手数料に一定のマージンを課金することで売上をあげます。このマージンは一般的には10〜30%くらいですが、仲介会社と個々のエージェントの間で個別に交渉して決めています。
それに加えて、年間のマージン支払いが一定金額を超えるとそれ以降のマージンを免除される「キャップ」というシステムもありますが、この金額も仲介会社やエージェントによって異なります。また仲介会社は新たな収益源として、オフィス費、文書管理費、コンプライアンス費、テクノロジー費といったありとあらゆる費用を課金しています。

こういったエージェントと仲介会社の間の報酬や費用の取り決めは長年の歴史を経て複雑化しており、もはや全てを理解できているエージェントはほとんどおらず、仲介手数料のうちいくらが手元に残るか計算することはほぼ不可能になっています。
eXp REALTYはエージェントごとの個別の契約を廃止して「20%マージン&年間$16,000キャップ」という一般水準よりも低いマージンで統一し、その他の費用も簡素化しました。このシンプルかつ低マージンの報酬体系が人気となり、新興ながらエージェント数を年々拡大。現在は15000人に到達し、2018年の取引高は全米で第5位となっています。2018年5月にはNASDAQ上場を果たし、名実ともに大手仲介会社の一角に上り詰めました。 

eXpのエージェント数の伸びを示したグラフ
eXpのエージェント数の伸びを示したグラフ
【出典】An introduction to eXp Realty

eXp REALTYのもう一つの特徴は、この低マージンモデルを可能にするために、オフィスを持たずに固定費を削減し、リモートワークでエージェントに働いてもらうというに形態をとっている点です。
様々なITツールの進化によってエージェントのほとんどの業務は家や外出先でできますし、顧客との打ち合わせも物件現地やカフェで行うことが多いため、オフィスがなくても基本的にエージェント業務は問題なく回せます。

唯一の課題は、同僚や本社スタッフと顔を合わせてコミュニケーションをとったり、助け合ったりすることが難しくなることなのですが、これを補完するためにeXp REALTYはeXp Worldというバーチャルオフィスシステムを提供しています。このシステムを使うと、エージェントは仮想空間上でアバターを動かして同僚と交流したり、本社スタッフに相談をしたり、研修を受けることができます。 

eXp World画面の一例
eXp World画面の一例
【出典】An introduction to eXp Realty

このeXp World は日本でもリモートワークの先端事例として紹介されることも多いですが、実際に使ってみると意外にチープなUIですし、これが決め手となってエージェントが入社するというわけではありません。
あくまで売りはシンプルかつ低マージンな報酬体系で、そのぶんオフィスがないというデメリットを補完するためにeXp Worldが使われているという理解が正しいです。

REX: MLSを使わないという荒業で、破格の仲介手数料ディスカウントを実現

rexhomes
 【出典】https://www.rexhomes.com/

CompassとeXp REALTYはそれぞれエージェントに対して特色を打ち出し、採用を強化することを成長戦略に置いています。一方でユーザー向けには、「仲介手数料のディスカウント」という特色を打ち出す会社が増えてきています。先日紹介したRedfinがそのパイオニアだったのですが、そのディスカウント戦略をより極端にしたのがREXです。 

REX_TOPpage
2%のディスカウント仲介手数料をアピールするREXのトップページ
【出典】https://www.rexhomes.com/


Redfinだけでなく、PurpleBricks、Reali、Treloraなど売主に向けて一般的な3%より低い仲介手数料を売りにする仲介会社は増えてきています。彼らは売主側のエージェント業務をテクノロジーで効率化することでコスト削減し、それを仲介手数料1%だったり、固定額3000ドルといった低いレートで還元するというビジネスモデルです。

しかし、これには落とし穴があります。アメリカの場合は売主が買主側のエージェントの仲介手数料も負担するため、せっかく売主側の仲介手数料を節約しても、買主側のエージェントには満額の3%を支払わなければいけないケースがほとんどなのです。

これに対してREXは一人のエージェントが売り・買い双方の両手仲介を行うことで全体コストを圧縮し、売主が支払う仲介手数料を合計2%に抑えられることを売りにしています。Redfinだったら合計4%(売り1%+買い3%)の仲介手数料なので全体では半額ということになります。

各モデルごとの売主が支払う仲介手数料のちがい
各モデルごとの売主が支払う仲介手数料のちがい

このモデルの課題は、アメリカでは両手仲介が原則禁止されているため、MLSに登録せずに自力で販売するという特殊な取引形態をとらないといけない点です。他の仲介会社からの客付けを期待できないのはもちろんのこと、MLSへの登録情報をベースにしている各種ポータルサイトにもその物件は掲載されません。REX独自のオンラインマーケティング(ソーシャルメディア・自社サイト・提携ポータル)に集客経路が限定されてしまうのです。
売主の観点では、仲介手数料は節約できるものの、物件の露出が限られるので売却価格が下がってしまう可能性があるというジレンマがあるわけです。

rexhomes_marketing
「Your Listing, Everywhere(あなたの物件広告をいたるところに)」として、MLSに登録しなくても十分な露出を担保できることをアピール
【出典】https://www.rexhomes.com/marketing-rex


こういった課題から、まだ実際にREXに依頼している物件数はそれほど多くありませんが、MLSを使わないことで仲介手数料を劇的に下げるという思い切った戦略に、ベンチャーキャピタルは可能性を感じており、2019年1月に約50億円の資金調達(累計では約80億円)に成功。今後の成長に注目が集まっています。 

REX_homes
本社のあるLos Angelesでも物件数はまばら。約30,000件のMLS登録物件数に対してREXは125物件の掲載に留まる。
【出典】https://www.rexhomes.com/homes

 

著者/市川 紘

Ko Ichikawaシリコンバレーの不動産テック企業Movotoにて事業開発・ファイナンス部門Vice Presidentとして勤務。前職のリクルートSUUMOでは、営業→プロダクト→経営企画マネージャー→新規事業開発部長を担当。
個人として不動産テック関連のブログも執筆中。

https://medium.com/@coichikawa

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