レストランやカフェをコワーキングとして使う、アメリカの不動産テックスタートアップSpaciousとは

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レストランやカフェをコワーキングとして使う、アメリカの不動産テックスタートアップSpaciousとは

はじめに

2018年5月、アメリカの不動産テックスタートアップ企業Spacious(スペイシャス)が、初めての投資ラウンドで9億9,000万円(≒900万ドル)の資金を調達しました。

Spaciousとは、2016年にアメリカのニューヨークで設立された、営業時間外のレストランの空間をコワーキングスペース(*1)として提供する不動産テック企業です。現在ニューヨークとサンフランシスコに計18の拠点を構える同社は、新しく100の拠点を開く目標をかかげ、今回の資金調達を実現させました。

1)2000年台半ばにアメリカで広がり始めた、異なる企業に所属する(もしくはフリーランスの)、様々な業種の人々が同じ空間に集まって仕事空間を共有するためのスペースのことを指します。

これまでは、”営業時間外”のレストランスペースを提供してきた同社。今後は、かつてレストランが入っていた物件を改装してSpaciousのコワーキングスペースとして展開していきたいそうです。レストランが開店する17時以降も滞在できるようにしてほしい、という利用者の声に応えての決断です。

今回の記事では、大規模な拡大に向けて動き始めたSpaciousについて、徹底的に解説します。

※この記事では1ドルを約110円で換算しています(2018年7月24日時点)

目次

Spaciousとは

【出典】Spacious:https://www.spacious.com/spaces/spacious-flagship

創業者兼CEOのPreston Pesek(プレストン・ペセック)氏は、Spacious創業前までは、投資会社のFortress Investment Group(フォートレス・インベストメント・グループ、以下Fortress)(*2)で商業用不動産への投資に携わっていました。

そんなとき、ヨガという共通の趣味を通して出会ったのが、同じく不動産業界に身を置いていたChris Smothers(クリス・スマザーズ)氏。Spaciousの共同創業者兼CTO(最高技術責任者)です。

2)2017年にFortressはSoftbank Groupが買収し、現在は傘下に入っています。Softbank Groupの不動産業界での動きについては、SUMAVEが以前に公開した「超巨大ファンドの誕生。その背景とSoftbankのアメリカ不動産業界におけるこれまでの動向とは」で詳しく説明しています。

ペセック氏と、スマザーズ氏が新事業の設立プロジェクトを練っていたときに、共通の友人を介してプロジェクトに参画したのが、現SpaciousのCOO(最高執行責任者)のJaclyn Pascocello(ジャクリン・パスコセロ)氏。彼女は当時アメリカ全土でレストランを展開するHillstone Restaurant Group(ヒルストーン・レストラン・グループ)で総支配人をしていました。

当初は、ホテルの空室を使ってコワーキングスペースを提供しようとし、部屋に設置する折りたたみ式のベッドや家具などのデザインも進めていたと言います。そのときに、レストランを使うことで、より少ない初期投資で、簡単に始められることに気がついたそう。そうして立ち上がったのが、Spaciousです。

ペセック氏は、Spaciousの強みについて以下のように述べています。

“私たちが、従来のコワーキングスペースが提供するような、24時間アクセス可能という強みを持っていないことは事実です。しかし、Spaciousはすでにそこにあるスペースを活用しているので、(顧客が)注目せざるをえない価格提案を実現しています”

ペセック氏の言う”従来のコワーキングスペース”とは、2017年に日本に上陸した「WeWork(ウィーワーク)」や、以前SUMAVEで紹介した「The Office Group(ジ・オフィス・グループ)」などを指していると思われます。こうしたコワーキングスペースを提供する企業の拠点を利用するには、最低でも月額5万円ほどの利用料金がかかります。

一方で、これまで資産として活用されていなかった営業時間外のレストランのスペースを活用するSpaciousの月額利用料は、約5分の1の11000円(≒99ドル)〜14000円(≒129ドル)。これは、オフィスを持たずに働く人々が、毎月仕事のためにカフェ利用にかけている料金とほぼ変わらないそうです。

以前、ペセック氏はアメリカのニュースサイト「Bisnow(ビズナウ)」の取材で“Spaciousの競合は、WeWorkなどのコワーキングスペースを提供する企業よりも、むしろスターバックスのようなコーヒーチェーン店だ”という旨の発言をしています。Spaciousのこの破格の料金設定こそが、彼の発言の所以だと言えるでしょう。

果たしてペセック氏の言う”従来のコワーキングスペース”と、”Spaciousの提供するスペース”には、どのような違いがあるのでしょうか。次の章では、その違いを知るべく、実際のサービスを見ていきます。

Spaciousのサービスとは

【出典】Spacious:https://www.spacious.com/spaces/spacious-flagship

Spaciousは、夜しか営業していないレストランと提携し、昼間使われていないレストランスペースをコワーキングスペースとして開放し、Spaciousの会員に提供しています。

基本的に、拠点の開放時間は8時30分〜17時(Spaciousの旗艦店では平日に限り20時までスペースを開放)。ただし、レストランの都合などによって、例外的に11時から開く日などもあるため、各拠点のオープン時間は3週間先までSpaciousの公式ホームページで公開されています。実際にSpaciousでどのようなレストランスペースが開放されているのか気になる方は、こちらで確認してみてください。

Spaciousの会員になると、同社がニューヨーク市とサンフランシスコ市に構えるすべての拠点(2018年8月時点で18拠点)を自由に使うことができます。どの拠点にもWi-Fiが完備されて、各テーブルにはコンセントが設置されています。コーヒーと紅茶は飲み放題。

同社は特にコーヒーにこだわっており、全拠点でシカゴ発のサードウェーブコーヒー(*3)のチェーン店「Intelligentsia(インテリジェンシア)」のコーヒーを提供しています。Intelligentiaは、日本に上陸して話題になったオーガニックやフェアトレードにこだわった最高級のコーヒー豆を自家焙煎し、いっぱいずつドリップして提供している「ブルーボトルコーヒー」と並びアメリカでは名の知れたサードウェーブコーヒーを代表する企業です。

3)アメリカ発の3度目のコーヒーブームのことを指しており、産地・農場・処理方法が明確になっていて、ブレンドのされていない単一の豆を使用しているのが特徴です。1度目のブームはファーストウェーブと呼ばれ、戦後から1960年代までの頃に流行った大量生産された安くて質の優れないコーヒーを大量に消費するトレンドを刺しています。ファーストウェーブの揺り戻しからきたとも言われるセカンドウェーブでは、「コーヒーの味」が重要視されるようになり、スターバックスなどのコーヒーチェーンが台頭しました。

初回の利用に必要なのは、携帯番号とクレジットカードのみ。Spaciousの拠点に行き、受付で携帯番号を伝えると、Wi-Fiのパスワードが送られてきます。1週間の無料トライアルも提供しているので、お試しで利用したい人は、クレジットカードの登録をする必要もありません。

会員によるゲストの連れ込みは、1時間以内であれば無料でできるようになっています。それ以降はゲスト一人につき1時間ごとに660円(≒6ドル)の料金がかかり、6時間以上の滞在は、何時間の滞在であっても1日29ドルとなっています。

これが、Spaciousのサービスの概要です。

つまり…
・月額料金制(約11000~14000円)
・会員になるとカフェスペース内のコーヒー・紅茶がフリー
・携帯番号とクレジットカードのみで利用開始可
・同行者の連れ込みも可能(1時間以上の利用は有料)

以前、SUMAVEでは「Weworkのライバル!?イギリスのシェアオフィスの先駆者The Office Groupとは」でコワーキングスペースを提供する企業の紹介をしましたが、比べてみると、Spaciousのサービスがいかにシンプルでお手頃かがわかります。

Spaciousには、従来のコワーキングスペースにはあるはずの「個別のデスクやロッカー」などを付けるオプションも、リフレッシュ時に利用できるフィットネスジムやアルコールの提供をしているバーもありません。提供スペースは、すべてレストランが賃貸、もしくは所有しているスペースなので、Spacious自体は1つも物件を所有していません。これが、Spaciousのシンプルで低価格なサービスを実現できた最大のポイントです。

これからも賃貸の予定はあっても提供する空間の購入の予定はないそうです。

レストランにとってのメリット

【出典】Spacious:https://www.spacious.com/spaces/saxon-parole

Spaciousに場所の提供をしているレストランバー「Saxon+Parole(サクソン・アンド・パロール、写真上) 」の総料理長、Brad Farmerie(ブラッド・ファーメリー)氏は、レストランに関する情報を発信するアメリカのウェブメディア「Upserve Restaurant Insider(アップサーブ・レストラン・インサイダー)」の取材に対し、以下のように述べています。

“(Spaciousと提携することで)私たちは、何ひとつ犠牲にすることがないんです。彼らはただレストランにやってきて、Wi-Fiを強化して、電源コードもつないでくれます”

Spaciousは、レストランに対してどの程度の還元をしているのかは正式に公表していません。ただしアルコール飲料に関する情報を発信するウェブマガジン「Seven Fifty Daily(セブン・フィフティ・ダイリー)」でのパスコセロ氏の発言によると、Spaciousが中規模のレストランに還元する額は、毎月33万円(≒3000ドル)ほどだそう。大きなレストランであれば、88万円〜110万円(≒8000〜10000ドル)に上ることもあると言います。

同取材に対し、あるオーナーは、レストランをコワーキングスペースとして貸し出すことで、賃料の5分の1ほどの還元があると言い、別のオーナーは、「数十万円(数千ドル)、つまり貸し出す十分な価値はあるよ」と答えています。

ファーメリー氏は提携する前は、「Spaciousの利用者がそのまま開店後のレストランの客として残ってくれるのでは?」と期待して最初の一杯を半額にするというオファーもしていたようです。ただ、実際にはSpacious利用者がそのままレストランで食事をすることは、ほとんどないようです。彼はその理由について、以下のように述べています。

(レストランの開店前から)8時間もそのスペースで仕事をしていたら、仕事が終わった後も、その場に居続けることは魅力的にはうつらないみたいだ”

The New York Timesの記事では、毎日Spaciousを仕事場として利用している女性が、「夜ご飯に行くときは、Spaciousの提携しているレストランを避けるようになったの。(Spaciousのスペースは)私にとってもはや仕事場なのよ」という発言をしています。

また同記事で、ある男性二人組は、「SpaciousがWeWorkのような典型的なコワーキングスペースじゃないところが気に入っている」と答えています。その理由は、アルコールサービスや卓球台、夕方の利用者同士の交流などは利用するかどうかがわからないにも関わらず、メンバーシップに含まれており、料金設定が高すぎるからだと言います。

一方で、提携前は予期していなかったメリットがあったことも事実のようです。レストランバーのSaxon+Paroleは、Spaciousと提携する以前は、日中レストランを閉めている間も電話と配達対応のために2人の従業員を雇っていたそう。提携してからは、Spaciousによる常駐スタッフが代わりに電話と配達対応をしてくれるので、2人分の人件費の削減につながったと言います。

Spaciousがあえてしない2つのこと

・ランチ提供をしない

一部拠点では、ランチの販売も行われています。ただ、Spaciousはあえてすべての拠点でランチのサービスを提供していません。それについてペセック氏は同社ブログにて、以下のように述べています。

“(スマートフォンでワンクリックで買い物ができてしまい、経営が立ち行かない路面店が増えるこの時代に)あえてランチを提供しないことで、Spaciousのメンバーが、日中拠点の近くを歩き回って、ランチを探したり、新しいお店を見つけたり、買い物をしたりする機会を生み出すことができます“

もちろん、拠点に常駐するSpaciousの従業員が、近隣に何があるかを把握しておくことでローカルガイドのように、利用者におすすめしたり、選択肢を与えることもできます”

Spaciousの目的のひとつは、それぞれのSpacious拠点を中心とした地域の活性化なのかもしれません。

全面改装をしない

創業から2年間、営業時間外のレストランのスペースを借りて営業をしていたSpacious。これからは、レストランが立ち退いた後のスペースを拠点として増やしていきたいそう。拠点の営業時間を延長するためです。

すでに、旗艦店は、もともとレストランが入っていたスペースを改装して開いた拠点で、内装の4分の3は、そのまま利用しているそうです。ペセック氏は、このように、かつてレストランで使用されていた内装、家具や照明を使うことで、巨額のコストをかけずに拠点を増やすことができると「Bisnow」の取材で答えています。

まとめ

アメリカのニュース雑誌「Entrepreneur(アントレプレナー)」の取材で、ペセック氏はこう言います。

“私たちは、急速に拡大することができます。なぜなら、Spaciousはパートナーと合意に至ったら、2週間でそのスペースを新しい拠点として開設することができるからです”

2017年末には、翌年中に、ニューヨークとサンフランシスコに加え、ロサンゼルスとロンドンにも拠点を開きたい、との発言もありました。

2017年の秋には、カナダでFlexday(フレックスデイ)というSpaciousと同業のスタートアップが、同じ時期にニューヨークでもKettleSpace(ケトルスペース)という営業時間外のレストランをコワーキングスペースとして提供する企業が誕生しています。

国内でも、以前SUMAVEで取り上げた「Spacee(スペイシー)」という企業が、カジュアルアメリカンダイニング&スポーツバーの「HOOTERS(フーターズ)」とコラボして、営業時間外のHOOTERSをコワーキングスペースとして提供する取り組みを始めています。

これらは、世界各地で「低価格にコワーキングスペースを借りたい」というニーズが高まっていることの表れでしょう。日本での拡大も楽しみですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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