【ニュース解説】Compassにソフトバンクが450億円を出資

30秒でわかる!この記事の内容
【背景①】エージェントきっかけの仲介手数料市場は4.2兆円でオンライン経由の倍以上
日本と同様に、アメリカでも不動産売買におけるインターネット、とりわけZillowに代表されるようなポータルサイトの存在感は年々増しています。
しかし、定量的な調査データを見てみると、オンライン経由で購入物件を見つけた購入ユーザーは全体の51%、物件売却を依頼するエージェント*をオンラインで見つけた売却ユーザーは4%にとどまっています。(2017年NAR調査データより)
*編集部注:アメリカの不動産市場における「エージェント」とは、不動産を仲介する営業マンを指すが、日本の不動産仲介の営業マンとは違い、限りなくフリーランスに近い働き方をしている。詳細はこちら(https://www.sumave.com/20170823_125/)を参照。
かたやで意外に大きなシェアを握っているのは、エージェントの日々の活動、いわばオフラインでの活動です。
購入ユーザーの30%は物件をエージェントからの紹介で見つけ、さらに7%はエージェントの設置する看板で見つけています。
売却ユーザーにいたっては、39%が友人・家族の紹介でエージェントを見つけ、25%が以前に依頼したエージェントへのリピート、さらにエージェントの営業活動(電話・別のエージェントからの紹介・オープンハウス・看板)は14%。購入ユーザー以上にエージェントに紐づくシェアが高いです。
アメリカの中古不動産の年間取引総額は約140兆円、取引に伴う仲介手数料の市場規模は約7兆円です。
前述の物件およびエージェントの認知経路の比率をもとに分解すると、購入の仲介手数料市場3.5兆円のうちオンライン経由は1.8兆円、売却の仲介手数料3.5兆円のうち0.1兆円で、合計約1.9兆円にとどまります。
一方でエージェント経由の取引の市場規模は購入が1.5兆円、売却が2.7兆円で、合計4.2兆円。なんといまだにオンライン経由の倍以上のマーケットなのです。
米国仲介手数料マーケットの認知経路別内訳
【背景②】エージェントを抱える仲介会社マーケットにテック企業の参入が相次ぐ
エージェントは法律上、必ずどこかの仲介会社に所属する必要があり、所属先の仲介会社はエージェント業務に必要なサポートを行う代わりにユーザーからエージェントに支払われる仲介手数料の一部をマージンとして徴収します。
この仲介会社の代表例は日本でも有名なCentury21を擁するRealogyやKeller Williams、Remaxといった歴史のある老舗企業です。
ただし、このような老舗企業が、時代の変化に柔軟に対応し、日々進化するテクノロジーをうまく取り入れ、エージェント向けのサポートを進化させているかと言うと、決してそんなことはありません。ここ何十年と変わらないビジネスを続けているのが実態なのです。
市場規模が巨大にもかかわらず、テクノロジーによる進化の余地があるというのはテック企業参入の定番の方程式です。
多くの起業家や投資家がこの分野に注目しており、数多くのテック企業がこの仲介会社マーケットを狙いにきています。
代表例としては、テクノロジーを活用して仲介手数料のディスカウントを実現するRedfin、複雑なマージンモデルをやめてシンプルな定額の仲介手数料を売りにするPurplebricks、リモートワークによってエージェントに課金するマージンを下げるeXpといった企業が代表格です。
今回取り上げるCompassも同じく、仲介会社のテクノロジー化の波に乗って登場したスタートアップです。前述したRedfin、Purplebricks、eXpがどちらかというと「テクノロジーを生かした効率化・コスト削減」のベクトルに進む中、Compassの方向性は少し異なっていて、「高額エリアのトップエージェントを採用する」というサービス品質向上を志向しています。
各仲介会社のポジショニングまとめ
【背景③】「テクノロジー×資金力」を軸にCompassが急成長。創業6年で全米トップ3の規模に
前述のCompassが急成長したのは以下のような流れです。
1. 「テクノロジーを活用してエージェント業務をサポートする仲介会社」というブランディングで初期の資金調達に成功
2. この資金を活用して、破格の高待遇(採用時の高額な移籍金、仲介手数料へのマージン徴収なし、ストックオプション、一等地の豪華なオフィス、マーケティング費用補助)を提示し、トップエージェントを次々と引き抜き
3. 採用したエージェントの顔ぶれとそのエージェントが抱える顧客基盤を売りに、さらなる資金調達に成功
4. こうして得た多額の資金とトップエージェントからの要望をもとにエージェント向け業務支援システムを自社開発
5. さらにトップエージェントの採用を加速するために、中小規模の仲介会社を買収
ご覧のように、実際のところテクノロジー要素は後追いで開発しているものの、いずれにしても「テクノロジー」と「資金力」をキーワードにCompassは台頭してきました。すでにエージェントの採用人数は7,000人にのぼり、物件取引総額で2018年は3.4兆円を見込んでいます。
これは2017年の数値をベースにすると全米3位に相当する数値で、創業わずか6年でこの規模に到達しているのは驚異的な成長スピードです。
【ニュースの要点①】Compassが約450億円の資金調達を発表(18/9/27)
Compassは18年9月27日に$400M(約450億円)の資金調達を発表しました。17年12月の$450M(約500億円)に続く大型の資金調達で、累計の調達金額は1,300億円超え、評価額は5,000億円にのぼります。
これはすでに上場を果たしたテック系仲介会社Redfinの時価総額1,600億円を優に上回り、不動産ポータルの巨人Zillowと肩を並べる水準です。
さらに言うならば、Zillowの7-9月四半期の業績が悪く、時価総額が6,500億円から4,700億円に急落したため、11月8日時点ではCompassが未上場ながらアメリカでもっとも価値の高い不動産企業に躍り出たことになります。
【ニュースの要点②】投資したのはソフトバンクビジョンファンド
今回の出資は「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」によるものです。2017年5月にサウジアラビア政府とソフトバンクが中心となって立ち上げたファンドで運用額は驚異の10兆円です。
直近はサウジアラビア皇太子が関わった疑惑のある事件の影響もあり、賛否両論はあるものの、群を抜く資金力はアメリカでも圧倒的な存在感です。
【ニュースの要点③】同ファンドは他にも仲介、建築、オフィスといった不動産スタートアップに多額の投資
ソフトバンクビジョンファンドはこれまで、半導体やAI、自動運転、IOT、シェアリングエコノミーといった最先端のテクノロジーやビジネスモデルを持つ企業に投資してきました。
それらの業界とともに同ファンドが投資に力を入れているのが、不動産分野のテクノロジー企業です。
シェアリングオフィスのWeWorkに累計$4.4B(約5,000億円)、建築ベンチャーのKaterraに$865M(約980億円)、今回のOpendoorへの$400M(約450億円)。さらにCompassへの出資と同日に査定アルゴリズムを活用した買取再販業を展開するOpendoorへの出資$400M(約450億円)も発表されました。
同ファンドは「Digital transformation of real estate(不動産業界のデジタル革命)」を志向しており、いずれ巨大な不動産市場を制するテクノロジー企業が出ると踏んでおり、その可能性を感じさせる企業には大胆に投資しています。
ソフトバンクビジョンファンドによる不動産スタートアップへの投資
【今後の展望①】Compassは2020年末20都市シェア20%の目標達成に向けて資金を活用
Compassは「2020年末までに全米上位20都市でマーケットシェア20%」を達成するという「20」をテーマにした中期目標を掲げています。今回調達した資金は、すでにこれまで取り組んできた以下の3つの領域に投資し、さらなるシェア拡大を図ると考えるのが自然です。
A. トップエージェント引き抜きに必要な初期投資(契約金・オフィス・マーケティング費用)
B. エージェントの採用とリテンション強化のための業務支援システム開発
C. 地場仲介会社の買収費用
【今後の展望②】自社の業務支援システムを国内外の仲介会社にライセンス販売することも視野
ただし、これまでの戦略は規模拡大には適していたものの、収益性には課題があります。トップエージェントからはマージンを徴収していませんし、仲介会社買収の投資回収にも時間がかかるためです。
そこで打開策としてCompassが今年7月に発表したのが「Powered by Compass」という新規事業です。
自社のエージェントに課金できないのであれば、同じ業務支援システムをエリアが競合しない他社にライセンス販売し、収益を確保しようというビジネスモデルです。
しかし2018年7月に、このモデルをアメリカ国内で展開しようとした際には、たとえ直接的にエリアはかぶらないとしても、長期的には競合になりうる社外のエージェントに業務支援システムを提供することに自社エージェントから反発が出てしまい、頓挫しました。
そこで出てくる奥の手が米国外の仲介会社へのシステム提供です。
海外であれば、さすがに自社エージェントと競合する可能性は限りなく低く、反発も回避することができる公算が高いです。
実際に、今回の資金調達直後にCompassの創業者兼Executive ChairmanのOri Allon氏は自社の業務支援システムを海外へ展開していくと言及しており、調達した資金の一部は、海外展開に向けたシステムのカスタマイズおよび販売体制の整備に使われる可能性があります。
【今後の展望③】老舗の大手仲介各社もトップがテクノロジーへの投資を宣言
前述のようなテクノロジーと資金力を活用したCompassの戦略は従来の業界にとってはアウトサイダーですが、こういったアウトサイダーの台頭がきっかけとなり、業界の既存勢力の危機感が醸成され、進化が促されているという側面は否定できません。
実際に、2018年には老舗仲介会社の代表格であるRealogy、Keller Williams、Remaxのトップが異口同音に、今後の競争を勝ち抜くためにテクノロジー企業として生まれ変わることを宣言しています。
各社トップの印象的なコメントと実際の具体的な施策例を以下の表でまとめます。
老舗仲介会社の最新動向
【日本への影響・学び①】仲介会社業務のテクノロジーによる進化は日本でも起こりうる
Compassが志向しているのはTech Brokerageと呼ばれるテクノロジードリブンの仲介会社です。日本でも今後、仲介会社がテクノロジーを取り入れるトレンドは今後強まっていくと思います。
日本の仲介会社業務の進化はおそらくアメリカよりも遅れています。紙や対面でのコミュニケーションも多く残っており、テクノロジーの導入によって業務を効率化し、変容していくユーザーのニーズに応える余地が大きいです。
アメリカで物件探しの進化がポータルサイトの浸透で一段落した後、その先の仲介会社業務の効率化が始まったのと同じようなトレンドが、日本でも今後加速するのではないかと思います。
【日本への影響・学び②】ただし、Compassが自社のビジネスモデルをそのまま持ち込むのは困難
上記のように仲介会社業務の進化が加速するトレンドとはいえ、Compassのビジネスモデル自体をそのまま日本に展開するのは難しいです。
彼らのビジネスモデルの根幹は、「トップエージェントを破格の高待遇で引き抜く」ことです。それには一生のうちの不動産売買の回数が多く、結果としてエージェントが顧客を抱えているという米国特有の業界構造が前提にあります。
一方で、日本の場合は物件の売り買いを繰り返し、お抱えのエージェントがいるというようなユーザーはごく一部です。ニッチな高額帯を除くとCompassの戦略が成り立つ土壌がそもそもありません。
「Powered by Compass」モデルの海外展開に関しても、まずは市場構造が似ていて同じ英語圏のカナダ・イギリス・オーストラリアが第一ターゲットとなるはずで、短期的に日本に上陸することはないのではないかと思っています。
【日本への影響・学び③】チラシ作成ツール/閲覧ログダッシュボード/業者間物件告知ツール等は転用可能
Compassのビジネスモデルが転用できないとしても、業務支援システムを転用することは可能でしょうか。結論を先に言うと、一部は可能だと思います。
筆者が以前参加した不動産テックカンファレンスでCompassが紹介していた業務支援ツールから、日本でも使えそうな機能をいくつか紹介したいと思います。
・チラシ/DM/Eメール自動生成するツール
日本にも同様のツールはすでにありますが、Compassの場合は物件管理システムと連携しているので、新たに物件情報を入力する必要がなく、シームレスに業務を行えるのが強みです。またデザインもこだわっています。
・売り物件版Google Analytics
担当している売り物件への閲覧ログを分析できるダッシュボード機能。どのようなAPIを利用しているかは分かりませんが、自社HPだけでなくZillowやRealtor.comといった大手ポータル上でのログも網羅。(少なくともプレゼン資料上は)
日本でもうまくAPI連携して実装できると便利だと思います。特に売却活動がうまくいっていないときに、閲覧ログを細かく分析して売主に報告することで「ちゃんとやってる感」が出せそうです。
・買いエージェント向け物件告知ツール
売り物件を担当している際に、購入者を連れてこれそうな買いエージェントを自動抽出して物件告知メールを送れるツール。おそらくMLS(アメリカの不動産データベース)のデータ履歴から過去の類似物件の買い手側エージェントを抽出しています。
日本の場合、レインズにも同様の情報が掲載されているはずなので、物理的には可能なのではと思います。
・ナレッジ共有ツール
各自のナレッジを仲介会社内で共有できるツール。コメントやいいね機能によって投稿を促進。
著者/市川 紘
シリコンバレーの不動産テック企業Movotoにて事業開発・ファイナンス部門Vice Presidentとして勤務。前職のリクルートSUUMOでは、営業→プロダクト→経営企画マネージャー→新規事業開発部長を担当。
個人として不動産テック関連のブログも執筆中。
https://medium.com/@coichikawa