ESGは「コストではなく投資」、花王から学ぶイノベーションの「起こし方」|HOUSECOM DX Conference

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ESGは「コストではなく投資」、花王から学ぶイノベーションの「起こし方」|HOUSECOM DX Conference

気候変動による災害も激化、待ったなしのESG経営

田中信康氏(以下、田中氏):ハウスコムDXカンファレンス、本セッションは「ESG経営の本質」です。申し遅れましたが、私はサンメッセ総合研究所(Sinc)代表で、サンメッセ株式会社の取締役でサステナビリティを担当し、サステナブル・ブランドジャパンのESGプロデューサーの田中と申します。本日はモデレーターを務めさせていただきます。私は元々大手証券会社におり管理部門を多く担当してまいりました。サンメッセは印刷会社で、そちらでサステナビリティ経営を実践しております。今日のテーマで話していきたいのは持続的な「利益ある成長」と「ESG経営」の両立についてです。

田中氏:人類が生存できる安全な活動領域とその限界点を定義するプラネタリー・バウンダリーでは、すでに一部で限界が見えてきています。例えば「気候変動」や「生物多様性の損失」などは限界を超えています。すでに、気候変動ではこれまでにない経験を人類はしているでしょう。このような状況の中でESGは経営のメインストリームになりつつあります。そこで、今回はまずESG経営を実践している花王様の取り組みをまずお伺いし、そこからディスカッションにしていきたいと思います。大谷様よろしくお願いいたします。

花王のESG経営の指針、企業理念である「花王ウェイ」が生まれるまで

大谷純子(以下、大谷氏):花王のESG部門ESG戦略部長兼経営戦略部門の大谷と申します。よろしくお願いいたします。花王はグループで売上高1兆4000億、社員数3万3000人を超える会社で、家庭品事業が中心となっていますが、実はケミカル事業も持っているのが特徴でもあります。つまり、自分たちで原料から開発し、それらをBtoB、BtoC双方で展開しています。約130年前に創業。当初から顔が洗えるような石鹸を作り、多くの人にとって暮らしを豊かにしてもらいたいという思いがありました。「顔を洗う」で「花王」なのですが、創業当初から今のサステナビリティのような思想はあったように思えます。


現在、私たちが取り組んでいるESGは「企業価値の捉え直し」です。今の状況下、物作りの在り方も変わるべきだろうという思いです。目線も創業当初の生活者目線へいっそう向けていく。いわば原点回帰ともいえますが、花王本来の「会社としての在り方」を再整理したのが企業理念である「花王ウェイ」です。田中さんがおっしゃる通り、地球にも限界が生じ始めている。その中で、人々をどう豊かににしていくのか? それらを花王が考える指針のようなものになります。例えば、プラスチックは便利ですが、後で回収をするのが非常に大変です。であれば、手前でできることをやる。これはコストではなく、投資であるという考え方です。

▼花王のESGビジョン

今はこの指針をベースに経営目標に落とし込み、さらに各部門が計画に落とし込んでいき、PDCAを回すという流れになっており、まさにESG戦略をど真ん中に据えながら展開しています。

企業側だけでなく、消費者側も巻き込むコミュニケーションが求められる

田村穂氏(以下、田村氏):大谷さん、ハウスコム代表の田村です。大変勉強になります。全体を通して展開していくにあたり、ガバナンス体制などはどのようにされているのでしょうか。

大谷氏:取締役会の下に、ESGコミッティを入れ、ESG戦略に関する活動の方向性を議論、決定し、取締役会に活動状況を報告します。社外の視点を反映させるため外部有識者で構成されるESG外部アドバイザリーボード、ESG戦略を遂行するためのESG推進会議、注力テーマについて活動を提案するESGタスクフォースがあり、各部門の活動を推進しています。企業としては利益を生み出す経済活動は欠かせませんが、そのプロセスの透明性も担保しなくてはいけません。それらをレポートなどで開示し、マルチなステークホルダーの皆様の理解へつなげる努力もしています。

田中氏:プロセスの部分をもう少し詳しく教えていただけますか?

大谷氏:例えばCO2ですが下のスライドを見ていただければ分かる通り、作るところよりも使うところで多い。これは私どもの製品がお湯を使うものが多いからですが、脱炭素においてどこに力を置けばいいかを考えた時に、むしろ製造の工場よりも原料や使用の部分を変革する必要があることが見えてきます。これらの課題を解決させ、どう社会実装していくのかを考えた時、私たちメーカーだけではなく、使っていただくお客様と一緒に取り組んでいく必要があることが見えてきます。

「アタックZERO」は地球や社会を意識しながら変化、機能も成長させていく

大谷氏:そこでどのような取り組みをしているのかといいますと、例えば私どもの「アタックZERO(ゼロ)」では10年くらい前から2回すすぎだったものを1回すすぎに変え節水、CO2排出削減に取り組んできました。もちろん、それで機能が劣ってはいけないので、高い洗浄力と抗菌、洗剤残り削減を実装しています。また、パッケージも再生プラスチックを利用しています。デザインにもユニバーサルデザインを意識し、片手で押すだけで計量なしで1回分を出せるようにしてあります。たかが衣料用洗剤、されど衣料用洗剤。「洗う」という行為で最高のパフォーマンスをだしながら、自分と環境、社会にとっていいことを伝えていくという取り組み、そしてそれを伝えていくコミュニケーションを行っています。

社内外のマルチなステークホルダーへのコミュニケーションの重要性

田中氏:ありがとうございます。学びの多いお話です。ここまでやらないといけないのか?と思われる経営層もいらっしゃるかもしれませんが、社会が求めていることを、真摯に取り組まれている印象を受けました。田村様、いかがでしょうか?

田村氏:学びが多いですね。少し枝葉の話になってしまいますが、こうした取り組みをどう社内外でコミュニケーションしていくのかはハウスコムでも課題です。

大谷氏:コミュニケーションは難しいです。本当に。作り手だけでなく、使い手も意識する社会をつくっていかなければならない。その点については、私たちも日々苦労しています。お客様は少しでも快適に使いたいと思っていらっしゃる。それをイノベーションや提案で担保しつつ無理なく快適にサステナビリティを伝えていくということは、私たちも含めてまだどなたも出来ていないのではないでしょうか。

田中氏:社会実装の難しさですね。全体の難しさはあるかもしれません。花王様の会社の中に限っていった場合、浸透はスムーズだったのでしょうか。

大谷氏:現在の会長が社長だった際に 「ESGに舵を切る」と話されて、当初はESGという言葉もまだ目新しい頃でしたので、正直驚きましたが、メッセージの中身を見ると、これまで花王で繰り返し伝えられてきた「社会の貢献」と「利益ある成長」の両輪をしっかり回していくということと変わらなかった。ベースはぶれておらず、そこに新しいやり方、つまり「コストではなく投資」という考え方などがプラスされている。これは変化ではなくて、進化だなということが見えてくると、受け入れやすかった。すんなり受け入れられたのは、トップの意思の強さとカルチャーの継続性があったからだと思います。

田中氏:社長としてESGというのは頭で分かっていても社会実装していくのは大変だと思います。それでも前に進むかどうかで会社が分かれているのが現在地ですね。上場の基準として上から言われていることをそのままやるのか、自分事として立ち向かうか。田村様も経営者ですが、その点はどうお感じになられましたか。

田村氏:素直に、経営者の腹が大事だということですね。すごいなと思うのは創業以来のパーパスのような「花王の存在とは何か」を問い続けてきた企業文化があったということ。しかも、大谷さんのお話を聞いていると社員の皆さんもそれを理解している。これは普通に考えても相当難しい。しかし、自分たちの存在意義をステークホルダーに示すのが重要な時代です。だからこそ、存在意義を言葉にして理解を浸透させていく腹積もりを経営層はしていかなくてはいけないと思います。

田中氏:わかってはいるけど、なかなか難しい部分です。

田村氏:小さい話になってしまいますが、例えば電気を使わないようにしていこうという話をすると、ある管理職から家の電気まで会社が管理するんですか? と言われてしまったことがある。そうじゃないんだけどな、という思いです。

田中氏:旗振りをした後の、社内浸透ですね。

大谷氏:トップの意思も大事ですが、やはりチャレンジングスピリットは現場からしか生まれてこないと思います。ボトムアップの重要性ですね。私どもも人財開発部門を中心にOKRを導入しています。導入の背景としては、上から言われてブレイクダウンしたものを目標に据えるだけではなく、自分たちが自ら会社の方針やテーマなどから自分たちの目標を設定していこうという思いです。だから、目標(O=Objectives)の設定から主要な結果(KR=Key Results)まで自分たちでセットする。

大切なのはトップの意思と社員たちがイノベーションを起こせる仕組みを実装すること

田中氏:トップダウンとボトムアップのチャレンジ精神の醸成・仕組みということですね。少し話を田村様の事業についてもしていきたいのですが、生活者視点やライフスタイルという点では花王様と同じく家を選ぶ不動産業界も同じかと思いますので、そこにサステナビリティの重要性は同じくあるかと思うのですが。

田村氏:以前と比べて、単純にお部屋を探して終わりという時代ではなくなっています。お客様は住んだ後どうなるかということを望まれている。その点で、ESGや生活者視点については近しい印象を受けました。さらに、先ほどのお話を受けて社員の成長を促す仕組みについても学びがありました。OKRは導入していきたいですね。社員一人ひとりが経営者目線になれば、取り組み方にも変化が出てくるかもしれません。

大谷氏:これは私どもも課題なのですが、あらゆるステークホルダーに説明をしていくためには、社内のデータを整理していく必要があります。投資家目線ではなく、マルチなステークホルダーに対してファクトをどう伝えていくか。データを整理していく上で、社内のDXの推進も重要になってきます。

田村氏:お客様の成功と従業員の成功が重なり合って、それが会社の成長につながると思っています。DXで従業員の成功体験は積み重ねていけている自負はありますが、お客様の成功、特に住んだ後に対しての価値を作っていくことは今まだ試行錯誤ですが継続的に行っていくことで、ハウスコムの独自性を生み出していきたいですね。そのために、新しいカスタマージャーニーというか、サステナブルジャーニーを作っていく必要がありそうです。

大谷氏:お客様と従業員に加えてコンペティターとの関係性も変わってきました。例えば、1台のトラックに自社の製品だけを入れて運ぶのはもったいないので、ライオン様と一緒に荷物を配送する取り組みをはじめたりもしています。同業他社同士でも地球規模、社会規模で手を組むべきところは組んでいくことで、変革をしていく時代なのではないかと思います。

田中氏:学びの多い時間でした。本日はありがとうございました。

取材・文/中村祐介
株式会社エヌプラス代表。デジタル領域のビジネス開発とクリエイティブ戦略が専門。クライアントはグローバル企業から自治体まで多岐にわたる。IoTも含むデジタルトランスフォーメーション(DX)分野、スマートシティ関連に詳しい。企業の人事研修などの開発・実施も行うほか、一般社団法人おにぎり協会の代表理事として、日本の食や観光に関する事業プランニングやディレクションも行う
https://www.nplus-inc.co.jp/
https://twitter.com/nkmr

 

▼2022年11月24日に開催された「HOUSECOM DX Conference」の第二部のレポートはこちら
投資家が考える選ばれる会社の条件|HOUSECOM DX Conference

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