多くの人が利害関係を気にせず手を挙げやすい存在は、強い

- 「ホラクラシー」「ティール」などのキーワードで知られる、ダイヤモンドメディア株式会社の代表取締役社長・武井浩三氏をインタビューした記事です。
- 武井氏は、テクノロジーに強みを持つ不動産テックベンチャー企業の組織である、不動産テック協会の代表理事を務めています。
- 自身が不動産業界にコミットするようになった背景、理事として不動産テック協会がはたしていきたい使命や不動産業界の理想像などを語ってもらいました。
はじめに
設立へ向け、本格的に始動した不動産テック協会を知るべく、共同代表理事を緊急取材した企画の2回目です。
1回目となる前回は、リマールエステートの代表取締役を務める、赤木正幸氏を取り上げました。2回目の今回に取り上げるのは、ダイヤモンドメディア株式会社の代表取締役社長・武井浩三氏です。
武井氏は、自社のサービスで、10年近く、不動産会社を支援しています。特筆すべきは、サービスのマニアックさです。ダイヤモンドメディアが、不動産管理・仲介会社へ提供しているITサービスは、ほかに類を見ません。
今回のインタビューで聞くことができたのは、「自身が不動産業界に深くコミットしてきた経緯」「不動産テック協会での自身の役割」「協会発足への思い」「今後の不動産業界について」などです。早速、ご覧ください。
※以下、敬称省略。
武井浩三とは
Q:赤木さんにもお聞きしたことですが、まずは、不動産テック協会の存在や武井さんの活動を知らない人へ向け、自己紹介からお願いできますか。
「もちろんです。私は自社サービスを通じて、不動産業界と接点を持ちました。もともと、不動産業界で働いていたわけではなく、「不動産会社はたくさんあるから、ITサービスで不動産会社を支援したら広がるに違いない」そうした浅学で、不動産業界に入っていったことがはじまりでした。
最初に、「不動産業界で事業を興したい」という思いがあって、ダイヤモンドメディアを起業したわけではありません」
Q:最初に開発した不動産テックサービスについて、教えてください。
「『ダイヤモンドテール』という不動産サイト制作サービスです。『ダイヤモンドテール』は、「競争優位性を最大限に活かす自社サイト」を構築します。地域戦略、顧客の絞り込み、社内の運用体制構築、最適な集客方法のコンサルティングなど、成果につながるすべてをワンストップで提供するサービスです。
導入先は累計で200社くらい。そのころには、ダイヤモンドメディアが、いくつかの不動産会社さんと深く付き合える存在になりました。
だいぶ、業界のことがわかるようになると、「ITサービスで不動産会社を支援したら広がるに違いない」という思いだけでなく、「業界の課題解決に尽力したい」という思いも芽生えてきたんです」
Q:不動産業界でのつながりを増やしていく過程で、業界が抱える課題に気づき、課題へ取り組んできた、という経緯ですか。
「はい。当時、業界のことはある程度、理解しているという自負がありました。ところが、「自分が知らない課題はまだあるのか」と驚かされた、印象的な出来事があったんです。関心事が、「業界の課題解決」へと向きはじめた、きっかけでもありました。とある、賃貸住宅フェアに、ダイヤモンドメディアがブースを出したときの話です。
そのときまで、私たちは、仲介会社さん向けの不動産テックサービスを提供していました。不動産オーナーや管理会社のかたとの接点が、ほとんどなかったんです。じっくり話をしたのは、フェアがほぼはじめて。オーナーさんが聞かせてくれた話の内容をいまも鮮明に覚えています。次のような内容でした」
管理会社に物件を預けてるんだけど、一生懸命やってくれていることはあるはずなのに、伝わってこないんだよね。部屋が埋まってるときは家賃がはいってくるからいいけど、空室のときは、ほとんど(管理会社は)何もしてないように見えてしまう。「何もしてもらっていないのに、毎月3%から5%も(管理手数料を)もっていかれる」と連想して、不満を感じてしまうこともある。僕らオーナーは、部屋が空いたときに一刻も早く埋めたいわけだけど、そのときに、管理会社とのコミュニケーションが不足すると不安になるんだ
「不安な気持ちでいるときに、「部屋が決まらないから家賃を下げましょう」と管理会社から相談されても、「今のままの家賃で、もっと頑張れるんじゃないの」って、オーナーさんは思ってしまうらしいんです。このコミュニケーション不足は、管理会社へのクレームへ発展することがあります」
Q:話を聞いて、どう感じましたか。
「ハッとしたと同時に「コミュニケーション不足による不安は、コミュニケーションを促すことで解決できるのでは」と感じました。何気ない雑談でしたが、オーナーさんに聞いたんです。「どうなったら、うれしいですか」と。すると、こう話してくれました」
何をやっているのか見えるようにしたい。文句をいいたいわけじゃなく、「家賃を下げたくない」わけでもない。必要なら下げるし、リフォームだってするし、追加で投資をしたっていい。部屋の掃除なら、いくらでも自分でする。だけど、いまは自分でやれることがあまりにも少ないんだよね。リノベーションをするにしても、そのお金を回収するのに5年や10年かかるわけで、そういう、まとまったお金をかけるときには情報がほしい。情報を教えてもらえなきゃ何もできないじゃない。ただ、それだけなんだ
「話を聞いたとき、「ここにITが必要とされている」と私は強烈に感じました。それからなんです、ダイヤモンドメディアが、現在のように管理会社さん向けの不動産テックサービスの提供に乗り出したのは。業界のことを深く考えて、全身全霊を捧げてコミットするようになったのも、この辺りからです」
管理会社や仲介会社の現実を知る
Q:管理会社向けに提供をはじめたITサービスとは、どんなものでしょうか。
「『Centrl(セントラル)』という不動産流通プラットフォームです。ところが、これが全然ダメでした。理想だけを追い求めたサービスで、3,000社くらいの導入会社を集めることには成功したんですが、マーケットにまったく受け入れられません。ただ、わかったこともあったんです」
Q:何がわかったのですか。
「『Centrl』がマーケットに受け入れられなかった理由です。『Centrl』は、オーナーに寄り添いすぎました。そこで、オーナーがほしがっている情報を管理会社が提供することで、管理会社にメリットが生まれる仕組みを開発できないか、と考えました。
この発想から生まれたサービスが、『Centrl LMS(セントラルエルエムエス)』と『OwnerBox(オーナーボックス)』です。オーナーの利益と管理会社の利益が一致するサービスとして開発しました」
「『Centrl LMS』はサービス提供を開始して2年目になりますが、ようやく、カタチになりはじめました。東急住宅リース株式会社さんをはじめ、引き合いも増えている状況です」
Q:起業後の武井さんに芽生えた、「業界の課題解決に尽力したい」という思いは、つまり、「不動産オーナーと管理会社の間にある情報格差を埋めたい」、ということですか。
「そういってしまうと単純ですが、内情はとても複雑です。先ほど、あえてオブラートに包まずオーナーさんの心情を紹介しましたが、決して、管理会社さんは怠けているわけではありません。名誉を守るために、しっかりと説明させてください。
たとえば、管理会社さんは空室物件の契約を決めるため、仲介会社さんへファックスを送ります。「この物件のために、お客さんを探してほしいです」というアピールですね。仲介会社さんへ訪問営業をしている管理会社さんもいます。「この物件をお願いします」と営業するわけですが、仲介会社の大多数は、「個別の物件に特化した客付け」をほとんど実践していません」
Q:なぜ、やらないのでしょうか。
「効率的ではないからです」
「来店客のニーズを無視した物件の売り込みは、成約率を下げる行為です。ですから、「特定の物件を強く推薦すること」を仲介会社さんは避けています。
現実を知ってほしいので、あえて極端な例を紹介しますが、仲介会社さんのなかには、ファックスの受信口の下にゴミ箱を置いているところもあります。受信したそばから内容を見ることもせず、捨てているんですよ。気が向いたときにゴミ箱から拾い上げて、「あ、これ、面白そうだね」という感じ。こんな風に、管理会社さんから送られてくるファックスをちゃんと受け取っていない仲介会社さんもかなり多いのです」
もどかしさを解消する『Centrl LMS』と『OwnerBox』
Q:空室を埋めるための努力をお互いにしているが、かみ合っていないということでしょうか。
「残念ながら、そういう事例が多いのが現状です。管理会社さんも仲介会社さんも、「顧客のために」と、一生懸命になっています。しかし、情報を共有する方法が、現実の業務に即していないことが多く、思うような結果につながらないのです。このもどかしさを私たちはITサービスで解消しようとしています。それだけではありません。
今後は、情報共有のやり方だけでなく、成約のために何が効果的だったかというデータの把握も必要になるでしょう。このことに気づいている管理会社さんも増えていて、当社は、『LMS』で把握できるようにしています」
Q:たとえば、どんなデータを管理会社が把握できるのですか。
「家賃を下げたことが成約に効果的だったのか、敷金を下げたことなのか、ポータルへの掲載写真を変更したことなのかなど、さまざまです。成約に結び付いた要因を具体的に探れると、むやみやたらに、仲介会社さんへ営業をしなくて済みます。見逃せないのは、データを把握することで、オーナーさんの心情にも応えられる点です」
Q:冒頭に説明のあった、「情報を教えてもらいたい。ただ、それだけなんだ」というオーナーたちの心情ですか。
「そうです。成約の要因を具体化することで、オーナーさんへのレポートを納得度の高い内容にできます。当社の『OwnerBox』というサービスなら、オンライン上でオーナーさんと管理会社さんをつなぐことができますから、コミュニケーションが活発にもなるんです。
今まで電話や郵送などで対応していた、「お知らせ」などをオンラインで完結させることもできます。管理会社さんとオーナーさんが、同じデータを見て、同じ目線で、「家賃を下げるのか」「リノベをするのか」などの戦略をたてられるようになる点は、両者にとってのメリットです。
私たちは、コミュニケーション部分の不満をITサービスで解消することによって、不動産市場を活性化できると考えています。活性化は、業界の発展へと結び付けられるはずです。そう信じて、今後もサービス改善に務めていきますよ」
「手を取り合おう」不動産テック協会の目的はシンプル
Q:代表理事への意気込みを聞かせてください。
「大切なのは、情報伝達の構造などをムリやり変えるのではなく、寄り添う姿勢です。できるだけ、業界や関係者に負担が生まれないような構造へと改善してくことが大切です。そういう取り組みの1つが、不動産テック協会なのだと思っています。
この機会にハッキリとお伝えしたいのですが、不動産テック協会は、ディスラプト(破壊すること)の象徴ではないんです。あらゆる産業で、外資を「黒船」と揶揄して、国内の既存産業にイノベーションを起こそうとする取り組みをキャッチーな表現にいいかえていますが、不動産テック協会は違います」
「既存の不動産業界、政府機関などと、これまで以上に二人三脚で歩むための、間口として役立っていきたいのです。私は公益財団法人日本賃貸住宅管理協会で、IT部門の役員もやらせていただいていますが、これも、「私が不動産テック協会の窓口として機能したい」という思いがあってのことです」
Q:同業他社や不動産テック企業、既存の不動産会社に望んでいることはありますか。
「シンプルに1つ、「手を取り合おう」です。私たちは、扉をつねに開けています。個人的には、不動産業界のビッグデータを活用するためには、今後、資産化するような取り組みが欠かせないと考えています。
たとえば、バラバラなデータの形式を統一したり、クローズドなデータをオープンにしたり、散らばっているデータを集約したりです。利害が衝突しない資産として、みなで共有できるような仕組みを不動産テック協会の流通部会でも、考えていきたいと思っています」
Q:代表理事としてのご自身の強みを教えてください。
「大きくわけて、2つあります。1つ目は、不動産テック分野で培ってきた知見です。10年近く、不動産会社さんの深部に入り込んだやりとりをしているので、賃貸と売買の両方の知見があると考えています。
不動産テックという概念すら存在しなかったころから、ダイヤモンドメディアはIT×不動産に取り組んできた会社です。不動産会社さんとのコネクションも、かなり増えました」
「2つ目は、ダイヤモンドメディアという会社の立ち位置ですね。自社の事業は、市場に対して大きな影響力があるわけではありません。しかし、ニッチなサービスゆえに利害が他社とぶつかりにくく、「武井が代表理事になるとウチのサービスのシェアに影響する」というようデメリットをこうむる相手が、少ないのです。
「これをやろう」そうやって声をかけたときに、多くの人が利害関係を気にせず手を挙げやすいという点は、強みになると感じています」
Q:「不動産テック協会が築こうとしている未来」の姿は、すでに描けているのでしょうか。
「まだまだこれからですが、個人的には、フィンテック協会をベンチマークしています。「彼らはとてもいい活動をしているな」と、私は思っているんです。
フィンテック協会が動いたことで銀行がAPIを公開したり、金融庁が仮想通貨に対して取り組んだり、業界の動きが円滑になったと感じています。似たようなことを不動産テック協会でもやっていきたいですね」
「私自身は、API経済の実現が今後の不動産業界のキモだと考えています。ここでも、「利害が衝突しない構造」を考えることが重要になってきますが、あらゆる意味で、「開かれた時代」という潮流を大きくしたいです。
ERPのような巨大な基幹システムを大手がすべて用意するのではなく、分散されたサービスで、システム全体を統合、設計するという方向へ不動産業界も動きつつあります。データ連携のためのフォーマット統合なども視野にいれ、不動産テック協会の流通部会で議論を重ねる日々です。長期的な話になりますが、こういったところでも不動産テック協会が力になれることを期待しています」
次回予告
次回は、不動産テック協会が模範にしようとしている、フィンテック協会の軌跡に焦点を当てます。キーワードは、不動産テック×フィンテック。取り上げるのは、不動産テック協会の理事の一人である、落合孝文氏(画像中央)です。
落合氏は、渥美坂井法律事務所の弁護士であり、一般社団法人フィンテック協会の分科会事務局長でもあります。フィンテック協会とのかかわりは深く、武井氏がいうところの、「銀行がAPIを公開したり、金融庁が仮想通貨に対して取り組んだり」を当事者として経験している人物です。フィンテック協会の活動内容を知り尽くしています。
落合氏の具体的な証言より、フィンテック協会の“わだち”を明らかにし、先駆者の足跡をたどるとこで、「不動産テック協会の場合ならどうか」「不動産業界に置き替えたらどうか」を連想できる内容としてお届けする予定です。
本企画は特集として継続します。第3回目となる落合氏のインタビュー記事はコチラ→ベンチャー企業と既存組織の融合を加速させる、2つの姿勢