「ディスラプトはしない」不動産×ブロックチェーンのPropy社CEOがP2Pへの考えを披露

- Propyは「国際間の不動産取引を自動化したい」という思いから創業したスタートアップ。
- Propyは既存の法制度を尊重し、ブローカーや士業の人たちに受け入れられるサービスを目指す。
- P2Pの実現があるとしたら、その先である。
はじめに
一般社団法人日米不動産協力機構(JARECO)が、2019年9月に、国際不動産カンファレンスを実施しました。カンファレンスは2日にわたり開催され、15の国と地域から560名を超える業界関係者が来場。スピーカーも国際色が豊かでした。そのなかから本記事でクローズアップするのは、Propy社のCEOであり創業者であるNatalia Karayaneva(ナタリア・カラヤネヴァ)氏です。
Propyの特徴の1つが、不動産×ブロックチェーンのフロントランナーであるという点です。Propy は2017年9月にウクライナのキエフにて、ブロックチェーンによる不動産取引を実施。2019年4月には、北海道のニセコでも、ブロックチェーンによる不動産取引を成功させました。
2019年6月には、全米不動産業者協会(NAR)から出資を獲得。ブロックチェーン×不動産のキーワードにおいて、いま、世界でもっとも実績を残しているスタートアップといえるでしょう。2019年9月の国際不動産カンファレンスでは、「不動産業と最新テクノロジー」というテーマで登壇していました。
Propyとは
ブロックチェーンを用いて、リアルタイムに不動産の“国際取引”ができるインターフェースを提供しているのが、Propyです。国際間における不動産取引の課題はさまざまあります。たとえば、以下が代表的です。
- 統一された不動産プラットフォームがない
- 所有権移転の手続きに時間がかかる/リスクがある/費用が高い
- オンライン決済の仕組みがない
- 国や都市によって不動産の購入手続きが異なる
- オンライン取引における通信時の規約や規格(プロトコル)が確立されていない
これらの課題を解決する存在となるため、Propyは不動産取引ポータルを立ち上げました。現在は、不動産トークンの販売もしているスタートアップです。アメリカを中心に知名度を高くしています。今回、創業者であるKarayaneva氏から話を聞くことができました。そのインタビューをご覧ください。
「サステナビリティな仕事がしたかった」Propyがブロックチェーンにたどり着くまで
Q:登壇の合間に話を聞く時間を作っていただき、ありがとうございます。早速ですが、ファーストキャリアから聞かせてください。
「こちらこそ、お会いできて光栄です。ファーストキャリアですが、私はデベロッパーにいました。伝統的な不動産売買を仕事にしていました。ほかには、ソフトウェアのエンジニアをしていたことも」
Q:エンジニアのキャリアもお持ちなんですか?
「ええ。エンジニアとして参加した2006年のプロジェクトでは、現在のFacebookのようなSNSアプリを開発していました。アプリには、数千人がアカウント登録してくれたのですが、それがビジネスとしてスケールしていくイメージを持てませんでした」
Q:学生のころは何を学んでいたのですか?
「大きくは2つです。サステナビリティとコーディングです」
Q:エンジニアとしてのキャリアは、コーディングを学んでいたことがきっかけ?
「そうですね。通っていた大学は、コーディングを学ぶことが必須になっていました。高校生以前の私は、パソコンに触れたことがほとんどなかったのですが、コンピューターやハードディスクの仕組みには興味があったので、コーディングを学ぶのは刺激的でした」
Q:コーディングを学ぶことが必須の大学だった?
「ええ。経済学や法学の学生であっても、最初のコースではコーディングを学ぶんです」
Q:専攻にかかわりなく?
「はい。どんな専攻であっても、やりたくなくても、やらなければいけない環境でした。コーディングを学ぶうちに、私は専攻そのものをサステナビリティから、コーディングの専攻へと変えました」
Q:専攻を変えた決め手は?
「シンプルに、情熱と好奇心です。コーディングのクラスを教えていた教授のなかに女性がいたんですが、彼女から私は影響を受けました。ほかの教授たちの話も魅力的でした。エンジニアとしてのキャリアを魅力的だと感じさせてくれた人たちです」
Q:エンジニアになったことをきっかけに、Karayanevaさんはブロックチェーンのキーワードを知るのでしょうか?
「そうではありません。私が初めてブロックチェーンのキーワードに触れたのは2014、15年あたりです。2006年から2014年あたりまで、私は伝統的なデベロッパーで仕事をしていました。エンジニアが社内にいない環境です。世間では、ビットコインのニュースが話題になったこともありましたが、特別な関心はありませんでした」
Q:デベロッパー時代は、ブロックチェーンに無関心だった?
「そうなりますね」
Q:Propyを起業することになった、きっかけを教えてください。
「2つあります。1つは、デベロッパー時代にかかわった顧客たちです。彼らは、「シリコンバレーや日本の不動産を買いたい」そう思っていたんですが、同時に、国際取引を怖がってもいました。「その怖れを解消し、顧客が安心して海外の物件を買えるようにしたい」という思いが、いつしか、私のなかに芽生えていったことが1つです」
Q:2つ目は?
「Airbnbに代表されるプラットフォーマーの台頭により、ドバイ、日本などの海外の物件を簡単に借りることができるようになった時代背景が関係しています。「不動産を簡単に借りることができるなら、国際間での物件売買もできるのではないだろうか」という思いに至りました」
Q:その2つが起業のきっかけに?
「ええ。「国際間での物件売買は、まだ、誰も実現できていないのかもしれない」そう考えた私は、そこに、業界第一人者として自分の可能性を感じはじめました。「テクノロジーを使えば、国際間で不動産売買をできる」そういう思いを強くしていったのです」
Q:テクノロジーとはつまり、ブロックチェーン?
「その時点では、まだ、私のなかにブロックチェーンのアイデアはありません。そもそも、Propyをブロックチェーンありきのスタートアップとして、私は考えていませんでした」
Q:起業を考えたとき、ブロックチェーンの活用は視野に入っていなかった?
「そうです。起業を考えるようになってから、ブロックチェーンを活用したサービスのアイデアが、私のなかに生まれたのです」
Q:ブロックチェーンに可能性を感じたときのことを覚えていますか?
「もちろんです。2015年あたりでした。私はシリコンバレーへ引っ越します。PayPal、Google、Facebookなどのオフィスを訪ねていたときのことです」
Q:オフィスを訪ねるとは、“視察”のような意味合いですか?
「はい。トレンドを自分の目で確かめたかったんです。最先端をいく、テクノロジー企業とはどういうものか。同時に、不動産売買という高額な取引の決済をどうするか、といった悩みも抱えていて。国際間取引を自動化するにあたって、エンジニアを探し求めていたこともあります。友人やそのツテをたどるなかで、1人のエンジニアからブロックチェーンの話を聞いたんです。忘れもしません」
「メンローパーク(シリコンバレーに位置する都市)の小さなカフェでした。相手は私にこういいます」
ブロックチェーンについて、君は、もっと知るべきだ
Q:エンジニアがそういった?
「ええ。その人物は、のちに、Propyのメンバーになりました。サイバーセキュリティの専門家です。それから、私はブロックチェーンについて学びました。いろいろな本を読みあさり、学んでいくなかでブロックチェーンを使った不動産の国際取引を魅力的だと感じるようになります。「ブロックチェーンの概念は伸びる」そう感じたのが、最初の感情でした」
Q:当時のKarayanevaさんに、デベロッパーから独立することへの不安などはなかったのでしょうか?
「ありました。6か月間ほど悩み続けました。はじめたら後戻りはできません。多くの人たちとミーティングを重ね、自分のアイデアを相談しました。でも、そのあとはジャンプです」
Q:ジャンプ?
「新しい世界の可能性を信じて飛び出す、という感覚です(笑)」
Q:Karayanevaさんに起業を決断させた、最大の後押しは?
「人の役に立つものを作るのが大好きだった、ということかもしれません。それは、目に見える“モノ”でなくてもよくて、ソフトウェアやサービスでもよくて」
Q:人の役立つものを作りたいという願望は、デベロッパーでの伝統的な不動産売買の仕事と結びつきません。なぜ、デベロッパーでの仕事を選んだのでしょうか?
「大学に通っていたときに、サステナビリティを学んでいたことから、サステナビリティな都市開発で人の役に立ちたいという気持ちがあったんです。でも、デベロッパー時代はサステナビリティな仕事を実現させることはできなかった。そのことは、いつも私の頭のなかにありました」
Q:不満を抱えながら仕事をしていたと?
「どんなビジネスにも、フラストレーションがたまることは、あるように思います(笑)。いいたいことは、不満から逃げ出すために起業したわけではない、ということです。私はブロックチェーンに可能性を見出すことができました。「国外の不動産売買に興味を持ってはいるが、不安や恐れを抱く、困っている顧客の役に立つモノを生み出したい」という私の気持ちが、その可能性に挑戦させたようにも感じています」
示されたP2P実現への1つの道筋「Propyは現行の法規制を尊重する」
Q:ここからは、話のテーマをPropyの今後に移していきたいと思います。まずは、マーケットについて。国際間の不動産取引を自動化したいというビジョンがあるなかで、アメリカ国内のマーケット規模も見逃せないように感じます。今後、注目しているマーケットがあれば聞かせてください。
「アメリカ国内のマーケットは、ある程度のシェアをとれると考えています。国外でいえば、私たちにはエスクロー・エージェント・ジャパン(EAJ)のようなパートナーがいますので、日本は2番目に重要なマーケットであるという認識です。目指しているのは、すでにある、それぞれの国の大きなマーケットで、「Propyは使いやすいよね」と思ってくれる人を増やすこと。そうした人が増えることで、国際間取引でも選ばれるサービスになるだろうと考えています」
Q:国によって不動産取引のレギュレーションが異なるという問題については、どうお考えですか?
「どんな法規制があるところでも、不動産取引には必ず3つの段階があります」
- ペーパーワークである契約
- 決済
- 所有権の移転
「この3段階は、各国で共通しています。裏を返すと、国際間の不動産取引において、それらの共通事項があるからこそ、認識を共有できるという側面もあって、うまく乗り越えていけるだろうと考えています」
Q:日本の登記制度についてご意見を聞かせてください。
「スマートコントラクトはビューティフルなテクノロジーです。日本に限ったことではありませんが、基本的に、既存の制度をディスラプトする(「破壊する」や「崩壊させる」の意)という考えはありません。私たちは現状の登記制度と、うまく、やっていきたいです。たとえば、Propyから即時的に情報連携をして、即時登記が完了するなどのイメージです。両立させ、よい関係を築きたいですね」
Q:ブロックチェーンを語る人たちの話題の1つに、Peer to Peer(以下、P2P)があります。誤解を恐れずに彼らの主張を言葉にすると、「個人対個人の取引を実現させるべきであって、政府なんていらない」という話題です。これついては、どう感じますか?
「ある種のユートピアのようなアイデアを主張する人もいますが、Propyは、現行の法規制を尊重してやっていかないといけないというアイデアを持っています」
Q:現行の法規制を尊重すべきだと考える理由は?
「現行法を尊重しないかぎり、現時点で不動産取引に参加しているプレーヤーの支持を得られないからです。ブローカー、司法書士などなど。そういう人たちから、サービス(Propy)を支持してもらうことは、とても重要で、そのためには現行法を尊重すべきです」
Q:一般に、ブロックチェーンを推進している人を“ブロックチェイナー”と呼びます。彼らの多くは、P2Pの思想を信仰しています。Karayanevaさんは、多くのブロックチェイナーと違う意見をお持ちのようですが、それはKarayanevaさん個人の考えですか? それとも、PropyのCEOとして下した会社の決断ですか?
「結論からいうと、私個人のアイデアではありません。先ほど話した通り、そもそも、私たちはブロックチェーンありきのスタートアップではなく、国際間の不動産取引を自動化したい、という思いありきの企業です。MITに所属していたり博士号を持っていたりするメンバーたちとのブレインストーミングを繰り返すなかで、毎月のようにPropyというチーム全体のアイデアは変化してきました」
「さらにいえば、Propyのアイデアに影響を与えたのは、チームだけではありません。サービス利用者となるユーザーの声も柔軟に取り入れることで、私たちのアイデアは混ざり、育ったのです。これはもう、個人の考えとは呼べません」
Q:不動産とブロックチェーンのかかわりは今後、どうなっていくのでしょうか?
「多くの熱心なブロックチェイナーがP2Pの取引を夢見ていることは理解しています。おそらく、20から50年くらいで、テクノロジーがその世界観を実現させるでしょう。現時点で、その方向にビジネスが移行しているのは明らかです」
「今日では、スマートコントラクトが駆使され、電子署名は受け入れられました。クロージングとして自動的に所有権が移転されるようになる日も近いでしょう。次のステップは、そのようなクロージングを政府が受け入れ、即座に登記できるようになることです。実現すると、すべてが自動的に、スマートコントラクトを使ってブロックチェーン上に登記できる社会が訪れます。こうなると、おそらく政府は登記をしなくなります。いいかえれば政府の立ち位置は、登記の作業ではなく、ファイルを監査し、そのシステムにアクセスできるというものです。最後のステップではデジタルIDが受け入れられます。スマホにデジタルウォレットの機能が備わり、顔認証や指紋認証などが当たり前に使わるスマホが、”IDそのもの”に成り代わる社会です。この社会なら、スマホ同士で所有権を交換できるのではないでしょうか」
「現在のPropyの立ち位置を個人や1つの企業単位で、私は考えていません。いえることは、テクノロジーが社会に浸透、オフラインがオンラインに移行するなかで、Propyは必然的な場所に立っているということです」
■取材協力/松坂維大(LIFULL)
株式会社LIFULLにて「ブロックチェーン×不動産」のプロジェクトを担当。分散台帳技術による不動産情報の共有やトークン化をプロジェクトテーマに掲げている。「政府民間におけるオープンデータの推進」「不動産業界における情報課題の解決」「不動産分野におけるブロックチェーン活用」に注力する、不動産情報コンソーシアムADRE(アドレ)の中核メンバー。